目にキラ星

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昼すぎ、駐車場の脇で本を読んでたら、秋風にのって、チョウがヒラヒラ飛んできた。近くの木に止まったので、さっそく写真に撮った。羽根を広げると、その異様なメンタマ模様に目が留まる。よく見ると、その目玉には、ご丁寧にキャッチライトまで入っている。写真に詳しい人なら知っていると思うが、人物の顔写真を撮るとき、キャッチライトを入れないと精彩に欠けた表情になる。このメンタマ模様、いわゆる擬態なのだろうか。捕食者は、このリアルなメンタマにびびって怯むのだろうか。そうだとしたら、ぼくはもう呆れるしかない。キャッチライト入りのメンタマ。笑える。これはジョークの世界だ。ちなみに、タテハモドキというチョウです。
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羽根を閉じると、枯葉そっくり。

23:10

ぼくは、今、とても眠い。
風呂に入るのも、億劫だ。
歯を磨くのもめんどくさい。
でも、ビールは飲みたい。
それでは、今からぼくは、
1,風呂に入ります。頭は2回洗います。
2,歯を磨きます。
3,ビール(YEBISU)を飲みます。
4,ねる。

意外と

夕方、地方に住む友人から電話があった。
「この前みたいに、コーヒーを五千円分、適当に準備しておいてくれ、明日取りにくるから。意外と好評でね」
この友人自身はコーヒーを嗜まないのだが、彼の近くに住む知人がコーヒー通で、「友人がコーヒー屋をしている」と話したら俄然、興味を示し、そのコーヒーを買ってくるよう、彼に依頼したのだった。そのコーヒーが「意外」にも好評で、今回、再び注文が来たというわけ。
そう、当店のコーヒーは「意外」と好評なんですね。

遠いところ

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遠いところって、どんなところだろう。
ぼくは星の王子さまを読んで砂漠に憧れた。
月の砂漠を歩いてみたい。
でも、今は、違う。
もっと、ずっと遠いところに行きたい。
蜃気楼の向こうの、ずっとずっと先のほう。
なんでだろう。そこに何かがあるような気がするから。
なにかが、ぼくを待っているような気がする。

アダージェットな昼下がり

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江口浜の蓬莱館に昼飯を食いに行ったところ、満員で、30分待ち、とのことだった。いくらなんでも30分は長すぎる。ぼくにとって、休日の30分はとても貴重なのだ。車はUターンし、国道を南に向けて走り出した。シュトラウスのワルツをかけながら車を走らせていると、いつしか流れ去る看板の文字がドイツ語に見えはじめ、気がつくとぼくはオーストリアの田舎町を走っていた。フキアー・ゲッフェンの町を過ぎた頃、右手に大きなビール工場が見えてきた。やはりオーストリアは違うな、などとつぶやきながら車を飛ばした。シュトラウスが何曲か続き、ぼくはマジでヨーロッパの田舎町を走っている気分になっていた(ヨーロッパには行ったことがないのだけど)。やがてシュトラウスが終わると、再びぼくは日本の田舎道を走っていた。昼食は大浦にあるナントカ食堂のてんぷら定食にした。ここのてんぷらと刺身はカナリうまい。店内は強烈な演歌がかかっており、先ほどまでのオーストリア気分はカンペキに粉砕した。店を後にし、車は近くの亀ヶ丘に向かった。カーステレオからは、マーラーの交響曲第5番4楽章アダージェットが流れ始めていた。ぼくはボリュームを上げて聞き入った。あの映画の一こまが浮かんできた。「ベニスに死す」すばらしい映画だった。ベニス…。ああ、いい響きだ。そう、どうせ死ぬならベニスがいい。ここ、亀ヶ丘からの風景も美しい。遠く広がる海。沈む夕日。銀の波間を往来する船のシルエット。だが、ここで死んだら、亀ヶ丘に死す、だ。ぼくはここでは死ねない、と、思った。

空き地

家の前に空き地がある。その少し先は崖だ。崖の向こうには遠く街が広がり、その背後は海。ぼくは今まで屋上でビールを飲んでいた。目の前は空き地。でも、夜だから真っ暗だ。その遠くで街の明りが瞬き、その向こうには停泊中の船の明りが見える。ぼくは空になったビールの缶を、空き地に放り投げようとした。そしてそれを思いとどまり、部屋に引き返した。ぼくはいつもこれを繰り返している。

ダークサイド

店の帰り、ブツヨク同盟の盟主、koji4432さんの家に寄った。新しいブツを見せてもらうためだ。新しいブツは、部屋の中央に鎮座していた。それは、最新鋭のハイビジョン・プロジェクター。ぼくも映画を見るのにプロジェクターを使っているが、この新しいプロジェクターは、映像の中の黒が、真っ黒に沈む。黒くあるべきところが黒い。暗い夜は、本当に暗い。それだけで、映像がずいぶん違って見える。本物が、より本物らしく見える。
ところで、ぼくとは、どういう人であろうか。ぼくが知っているぼく。人が知っているぼく。ぼくは知ってるが、人は知らないぼく。人は知っているが、ぼくは知らないぼく。そして、ぼくも、人も知らないぼく。
ぼくのあるがままの姿を、せめて、友人たちには見せておきたい。さもないと、友人たちは、本物のぼくに声をかけることができないかもしれない。そう、暗いところは暗く。