イチョーは青かった

水曜日の朝はここにいる。ことが多い。

病院でヨッパライ某を拾い、北に向かった。途中、イチョウ公園のイチョウは色づいているだろうかと思い、寄ってみたが、老後のことなど何も考えていない若者のように青々と葉を広げ、まったく黄色くなってなかった。

近くに咲いていたコスモスの写真を撮っていると、道路向かいの公民館の縁側から、おばちゃんたちが「おにいちゃん、お茶を飲まんね」と声をかけてきたので、ちょっとお邪魔して、お茶とキンカン漬けとガネと干し柿とミカンをいただき、笑いながらいっしょに食べた

昼食は某河口にある漁協直営の食堂で、ぼくはいつものように刺身定食、ヨッパライ某は安い方の海鮮丼

安い方の海鮮丼には茶碗蒸しが付いてないので、ぼくのを上げているが特に感謝されることはない

一週間分の買い物をして帰路に就く。モスラの幼虫みたいなスリッパが売っていたので買ってみたが、スリッパの中で足が滑って歩きにくい

木枯らしの少年

晴れてきたので、近くの公園に散歩に出かけた。胸の傷口もきれいにふさがり、ためらっていた腕立て伏せを再開することにした。やってみると、信じられないくらい体力が落ちていて、はずかしながら一度もできなかった。ほんとに驚いてしまった。膝をついて行い、少しずつ回復させなければ

北西の風が強い。木枯らしのような吹き方だ。天気図を見ると冬型の気圧配置になっていた。ムーミン谷のカバたちはもう冬眠したのだろうか

昨日、ネットの記事を読んでたら、「人生と漂流」についてという題で椎名誠さんのインタビュー記事が載っていた。おもしろかったので以下抜粋


――椎名さんは作家としてこれまで300冊もの本を書かれ、80歳を超えたいまも書き続けていらっしゃいます。「元気の秘訣」は何かあるのでしょうか?
椎名誠(以下、椎名):僕はもともと体力系の人間だからね。72歳くらいまではしっかりトレーニングをしていました。腹筋や腕立て伏せなんかは家でもできるじゃないですか。基礎体力は大事だと思います。やはり体が健康だと心も健康になるんですよ。
――人生100年時代と言われるようになって、老後の人生をいかに生きるかというのは一つのテーマになっています。「老後に後悔したくない」という趣旨の記事がよく読まれている傾向にあり、多くの人が悔いのない人生を生きたいと考えているのだなと思います。椎名さんから何かアドバイスはありますか?
椎名:後悔してもいいじゃないかと思います。「私は後悔がまったくない、きわめて清廉潔白の美しい人生でした」なんて、恥ずかしいじゃないですか。ありえないですよ。


実はこの記事を読んで、入院前日まで習慣にしていた腕立て伏せを復活させたのでしたが。まさかできなくなっているとは。ショック!

答えの出ない問いはどのように問われるべきか

台風30号から変わった温帯低気圧のせいで雨。雨のドライブも悪くないと思ったが、水曜日に出かける予定なので、とりあえずコーヒーを淹れる。トラジャを飲みたかったけど、残り少なかったので86℃で淹れたモカクイーンにした。今日はTさんから頂いたお気に入りのカップで。

通常1,100円で販売している某国営放送の電子書籍が、100分de名著フェア、とやらで200円だったので思わず3冊買ってしまった。さっそく「カント 純粋理性批判 答えの出ない問いはどのように問われるべきか?」というめんどくさい題名のやつを読み始めたが、この手の本を読むと寝てしまうぼくがフツーに読めた。買ってよかった、と思った。200円だったし

SOMEDAY

車の中でよく聞いた。雨の夜は特に。ずいぶんむかしの話。最近聞いてなかった。久しぶりにCDを取り出し、リッピングしてメモリーカードに入れ、ラジカセで聞いてみた。いくつかの言葉が渇いた心に刺さった。車の中でも聞いてみた。困ったな。あの頃が幻のようによみがえってくる。胸に痛みを覚える。まだ青春は終わってなかった。青春といえば、村上龍の「トパーズ」の帯に松任谷由実がこう書いていた。
「有機臭の強い描写の向こうの、永遠の少年性、そして彼が見た女性達の少女性にふれると、私はなんだか奮い立ってしまう」
永遠の少年。終わらない青春

サムデイ

ネットで「村上龍さんとの思い出を語った幻冬舎の見城徹社長(報知新聞社)」という記事を読んでたら次のようなくだりがあって、興味深かった。


共通の友人だった坂本龍一さんとは、3人でよく酒を飲んだ。酒席が終わりを迎える頃、村上さんは決まって佐野元春の「SOMEDAY」を歌った。「村上龍の『SOMEDAY』は本当にうまいんです。美大出身で絵の才能もあったけど、ドラムをやったり音楽の素養もあった」。村上さんが同曲を十八番にした背景には強い思いが込められていたという。「彼は常に『いつの日か』という思いを抱き続けながら生きていた」


「村上龍の『SOMEDAY』は本当にうまいんです」とあるが、ぼくは歌ったことはないけど、この歌を上手に歌うのはかなりむつかしいと思う。よほどの思い入れがあったんだと思った。彼の短編集「トパーズ」には、サムデイ、という作品が収められていて、その終わりに「君を見ていると昔好きだった歌を思い出すけどね、とてもいい歌なんだよ」どんな歌?「ステキなことをステキだと無邪気に笑える心が好きさ、っていうんだ」何て歌?「サムデイ」 という会話がある

雨の金曜日

朝から雨が降っている。観葉植物を外に出して雨にあてる。観葉植物の葉に当たる雨の音が、寝ぼけた耳に心地よい。スイレン鉢を見ると、葉っぱの上に何かきたないものが載っているように見えた。よく見るとそれはイボガエルだった。子供の頃、こいつを素手でつかんで手のひらに小さなイボができたことがあった。アマガエルは好きだったが、こいつはいつまでも好きになれなかった。それにしても、なぜこんなところにいるのだろう。ここは高台にある団地で、近くに川や池はない。ワープしてきたのだろうか。ナメクジがワープすることは科学者の間でもよく知られているが、イボガエルにもそのような能力が備わっているのかもしれない。昼頃、金曜日の男が人生に疲れたような顔をしてやってきた。熱いコーヒーを淹れると、それをドラマの主人公のような顔をしてうまそうに飲んだ

簡単になるとつまらなくなる

台風が近づいているせいでしょうか、お日さまが暈をかぶってました。ぼくはこういう気象現象が好きなので、つい、近くの人に、ほら、見てみて、と教えたくなるのですが、意外と反応は鈍いです。上の写真はぼくの格安スマホで撮ったもの

ぼくは屋上でみかんを食べながら眺めてたのですが、やはり誰かに教えたくて、こーゆーのが好きそうな、通称「山男」に写真を送ってみました。すると3分もしないうちに上の写真が送られてきてびっくり。スマホにこんな超広角レンズがついているとは思えないし、でもカメラで撮ったにしては返信が早すぎる。不思議に思って「スマホで撮ったの?」と返信すると、そうです、とのこと。やれやれ、今のスマホにはこんな過分なレンズがついてるのか

これは超広角レンズを付けたカメラで撮ったもの。スマホとそれほど変わらない。がっかり

ウエンズデイ

天体写真を撮影する場所を下見に行った。山に囲まれた谷間。街明かりの心配はなさそうだったが、道が細く、対向車が来たら長い距離をバックしなければならない。昼間は何とかなるが、夜中だとかなり危なそう

昼食は先月オープンした国道沿いのラーメン屋で

ラーメン屋の裏ではソバの花が満開

砂丘を越えて海に出る。風の音。波の音。どうしてぼくはここにいるのだろう

一週間分の買い物を済ませ、家に帰り着いてコーヒーを淹れる。昨日に引き続き、モカクイーン

山の向こう

カツオの町の美術館の東屋から雨の海を見たいと目の前の人が言うので、曇り空の下、車を走らせた。時折雨がぱらついていたが、町の前の峠を越えたら、きっと晴れているだろうとぼくは思った

美術館の後ろに入道雲が張り出し、日差しも強かった。忘れかけていた夏がまだ残っていた。ぼくは芸術のことはよく分からないので館内を所在なくぶらぶら歩きまわった。ヨッパライ某はいつものように真剣に見て回っていた。昼食は港の前の食堂で、ハラカワ三昧定食、というのにした。カツオのハラカワが三通りに調理されていて、とてもおいしかったです

家に帰り着くと、ここもまた夏だった。残念ながら冷蔵庫にシロクマは残っていなかった

シロクマがなかったのでコーヒーを点てた。モカクイーンを選んだが、これが気分にマッチしたのか、とてもおいしかった

雲を見ていると飽きが来ない

ムーンイーター

食べる直前で崩れてしまった

シンデレラムーン

今夜は街明かりが届かないところで天体写真を撮影する予定でいた。月齢6.5、天気もいいし風も弱い。これまでは自宅から南に向かう100円道路に乗り、1時間ほど走ったところにある山の上の街灯のない公園で撮影していたが、ちょっと遠いので前から目星をつけていたダム近くの広場で一度試してみようと思っていた。ここは30分くらいで到着する。夜、出発する前に、現地を調査しておこうと思い、出かけようと外に出ると某火山の灰が降っているではないか。しかも、灰はぼくが行こうとしている方に向かって流れている。なんてこった。ここしばらくこちらでは灰は降っていなかったのに。今日の撮影は取りやめることにした。