ススキを見に行った

ススキが見たくなったので、ゆで卵の匂いがする高原に出かけた

有害なガスが漂っているかも、ということで、いつものコースを歩くことはできなかった。
白鳥山からの眺望

遠くに見えるのは灰を降らせることで有名な火山。今日は大人しかった

紅葉している樹はまだ少ない

10年くらい前、庭にススキを植えようと本気で悩んだが結局植えなかった。ススキには不思議な魅力がある。廃墟に行くと瓦礫の間にススキが生え、風に揺れている。人間が作ったものが秩序を失って土に還り、宇宙の秩序、ススキがそれを覆う

チリからスペイン

仕事から帰宅し、部屋に着替えに行こうとすると、「ちょっと買い物に出かけてくる」とヨッパライ某が言った。「じゃあ、ついでにワインを買ってきて、プリンスデバオの赤」とぼくは言った。ここのところずっとチリの安いワインだったので、久しぶりにこれを飲みたくなった。テーブルに料理が並び、さっそく開けて乾杯しようとすると、「1000円だったよ」と言う。「へー、そういえばラベルがピカピカになってるね。中身も上等になったのかな」などと言いつつ飲んでみたが、いつもと同じ味がする。「あまり変わらないな、価格は3倍くらいになってるのに」とぼくは言った。あとで分かったのだけど、このワイン、今日は特売日で、3本で1000円だったのだ。ヨッパライ某には「3本で」という文字が見えなかったらしい。

冬のにおい

朝から冷たい雨が降っていた。空には冬のような雲が広がっている。体の元気を吸い取られそうな、いやな感じだ

いつもなら漁港近くの店に安い方のスシを食べに行こう、ってことで意見が一致するのだが、寒かったせいかエビフライになった

山奥の村でヒマワリが満開、というので行ってみた

ヒマワリから少し元気をもらおう、と思って出かけたのだったが、ヒマワリも花を咲かせるだけで精一杯、という感じだった

250万光年

ウルトラマンの故郷はM78星雲。上の写真の左でぼんやり光ってるのがM31アンドロメダ銀河。風呂から上がって屋上に出てみたら、ちょうど真上に来ていたので、カメラをテーブルに寝かして10秒間露出。

風立ちぬ 今は秋

今日からぼくは心の旅人

高原のテラスで手紙、風のインクでしたためてます

ここはなんとか高原、コスモスが満開です。爽やかな風が吹いてます

島に渡り、お魚の定食を食べました

ボンタンソフト。ほろ苦くておいしいです

さよなら
さよなら
さよなら

風立ちぬ 今は秋

あこがれのマニュアルミッション

金曜日の男の愛車はホンダの軽バン。彼はこの車に出来立ての豆腐を積んでやってくる。この車のミッションが6速MT。なんと、あのオープンスポーツS660と同じもの。いいな~~マニュアルミッション。しかも6速。いつかまた乗りたい、とずっと思っていたけれど、残された時間はもうわずか。とほほ

ところで話はコロッと変わりますが、今読んでる春樹さんの短編集にある「かえるくん、東京を救う」という物語の中で、ちょっと気になる場面が。かえるくんが終わりの方で次のように語るんですけど


「フョードル・ドストエフスキーは神に見捨てられた人々をこの上なく優しく描き出しました。神を作り出した人間が、その神に見捨てられるという凄絶なパラドックスの中に、彼は人間存在の尊さを見出したのです。ぼくは闇の中でみみずくんと闘いながら、ドストエフスキーの『白夜』のことをふと思い出しました。ぼくは…」


え???そりゃないでしょ。かえるくんはドストエフスキーを誤解しているとしか思えない。物語の中の話に過ぎないけど、ぼくが気になるのは、もし、かえるくんが春樹さんのドストエフスキー観をここで代弁しているのだとしたら…ってこと

Get Up

ぼくは愕然とした。人の話がよく聞き取れない。近くで話してる人の声が遠くから聞こえる。ぼくは仕事を休んで耳鼻科に行った。難聴との診断を受けた。原因はカーステレオの音量が大きすぎたためだった。その頃、通勤時間にVan Halenの5150をフルボリュームで繰り返し聞いていた。30年以上前の話。今でも思う。Van Halenを小音量で聞くなんてありえない。

ある晴れた日の午後の弁当

とてもいい天気だったのでドライブに出かけた

とてもいい天気だったので、山の上の草原で手作りの弁当を広げるのがいいと思った

山の上の草原に向かう途中、先日、行ってみていい感じだった古い駅に寄ってみた

山水がわいているという池

ぼくが思いついた草原はここにあるのだった

草原の奥には雑木林があり、腹をすかせた野良犬がうろついている

映画サウンドオブミュージックの最初の方を思わせる山頂の草原をイメージしたのだったが、ちょっと違った。ギターがあればドレミの歌かエーデルワイスを思わず歌ったかもしれないのだが、持ってくるのを忘れた。なお、わが家の弁当には魚肉ソーセージが必ず入っている

午後から秋晴れ

第一火曜日を定休日にしたので今日と明日はお休み。休みの朝はうれしい。朝、目覚ましが鳴らないのが地味にうれしい。

朝は小雨が降っていたが、午後から晴れてきた。秋バラでも見に行こうか、ってことで、海が見える高台のある公園に行ってみた。高台の展望所に続く長い階段を全速力で駆け上りはじめたが、三分の一くらいでダウン。残りをヒーヒー言いながら上った

読書の秋 その2

めずらしく本を読み続けている今日この頃。先日読んだ村上春樹の「一人称単数」が呼び水になったようだ。村上春樹って、こんなにおもしろかったかな、ってな感じで。というわけで、まだ読んだことがなかった、あの「ノルウェイの森」を読み始めた。しかし読み進むに従い、いつの間にか寒々とした冬の気配がぼくの周りを霧のように漂い始め、ぼくの世界の人口密度が白夜のツンドラ地帯のようになってきた。なんだかまずいところに引き寄せられている気がして、上巻を読んだところでもうやめよう、と決心した。のだったが、コーヒーを飲んでるとつい手が伸びてしまう。恐るべきダークサイドの引力。そんなわけで、いつの間にか下巻の後ろの方を開いている自分がいる。そして今、次のような会話に出合い、思わず吹き出しそうになった。


「ま、幸せになれよ。いろいろありそうだけれど、お前も相当に頑固だからなんとかうまくやれると思うよ。ひとつ忠告していいかな、俺から」
「いいですよ」
「自分に同情するな」と彼は言った。
「自分に同情するのは下劣な人間のやることだ」
「覚えておきましょう」と僕は言った。そして我々は握手をして別れた。彼は新しい世界へ、僕は自分のぬかるみへと戻っていった。


今年の春、やっとのことで息子が専門学校を卒業し、社会に出て行った。別れの夜、彼に忠告した言葉がこれと同じだった。へえ、あんたも、たまにはいいこと言うね、と思われるかもしれないが、ちょっと違う。なぜぼくがこんなことを言ったのかというと、ぼくは息子の理想から大きく外れた残念な父親だったのが自分でもよく分かるので、それこそ親身になって息子に同情できる。父親は選べない。そこで思うに、息子もそんな自分の不運を嘆いているのは火を見るよりも明らか、自分に同情していて当然だ。しかし、自己憐憫が己の成長を大きく妨げることはよくわかっている。そこで上にあるような忠告をしたわけ。つまり、上等な忠告を装ったずるい話なのだ。なお、言い訳になるが、どこかの国にこんな名言がある。「父親になるのは簡単だが、父親たることは難しい」