新しい天体

071216_01
夜の高速道路は星空に続く滑走路のようだ。ぼくの運転するスバルは、かすかなタービンノイズを残し、闇を切って加速していった。今夜はOさん宅で年末恒例のお食事会。午後8時、車は予定どおり閑静な住宅街に進入した。ドアを開けると、明りを落とした室内には落ち着いたピアノ曲が流れていた。それはどこか影を持つ大人の雰囲気…つまり、ぼくにピッタリの選曲であった。後で知ったのだが、このアルバムはF少年のブツらしかった。あとで借りることにしよう。Oさん宅での食事会が楽しい理由については、その会話内容が繁多な日常から遠ざかっているせいもあるが、なによりも奥様が心をこめて作った手料理に負うところが大きい。今夜もまた、珍しい作品の数々がテーブルを囲む馴染みの面々を楽しませていた。さて、酔いが回りだしたころ、テーブルでは「テリーヌ」という料理が話題になっていた。「あのテリーヌはテリーヌではない」と、ご主人が頑なに主張されているのだった。そのテリーヌとは、今回奥様がこしらえたテリーヌのこと。ぼくはさっそくそのテリーヌ?を所望し、テーブルに運ばれるのをワクワクしながら待った。それは上質なハンバーグのようで、とてもすてきな、ぼく好みの味だった。はて、これがテリーヌでない理由とは…。ご主人の定義するテリーヌとは、もっと野趣があって…etc、ということらしかった。おそらくテリーヌにも色々あるのだろう。作る人の数、いや、星の数ほど。そういえば、ブリア・サヴァランという人は、その著書「美味礼讃」で、新しい星を発見するよりも新しい料理を発見するほうが人間を幸せにするものだ 、と言っていた。なるほど、新しい料理の発見は、たしかに人をしあわせにしそうだ。そしてそれは、意外と簡単なことなのかもしれない。と、ぼくは少し酔ったアタマで考えた。新しいテリーヌ?をぜいたくに味わいながら。