幸福の王子

幸福の王子っていう童話があるんですが、あれは教科書に載ってたんでしょうか。
さっき、風呂で頭を洗ってたら、なぜかその幸福の王子を思い出した。きっと、ここのところ寒いからでしょうね。
ぼくはあの物語に出てくるツバメがかわいそうでしょうがない。
髪を洗いながら、また悲しくなった。いい年をしてバカみたい。
確か、最後は神様が二つの心を天国に持って行ったんだと思うけど。
子供のときに読んだ本の感動は尾を引くよね。

浅煎りマンデリン

某番組の影響でスポットライトを浴びているコーヒーがある。
それはマンデリン。ただし、浅く煎った、酸味のあるタイプ。
一般に、コーヒー豆は深く煎ると、酸味が影をひそめ、苦味に偏ったコーヒーになる。例えばスターバックスのコーヒーがそれで、ここでは深煎りタイプしか扱ってない。
昨日、常連のお客様が、いつものように深煎りコーヒーのみ数種類注文された。彼女は深煎りコーヒーが好みである。
「深煎りコーヒーが好きなお客さんにはナイショにしてるんですが、じつは、こんな豆があるんですよ」
ぼくは豆を袋に詰めながら浅煎りマンデリンの話をはじめた。
「これを飲んで、しばらくすると背中のあたりがジワーッと熱くなってくるんです。脂肪を燃焼する筋肉が背中にあるらしいんですね。ダイエットに効くそうです」
「へぇ~そうなんですか」彼女は不思議そうにうなずいた。
「でも、すっぱいです。深煎りが好きな方はやめたほうがいいですよ」
今日、再び彼女はやってきた。
「どうしたんですか、昨日のは、もう飲んじゃったんですか?」
「あれ、あるんですか?」
「え?」ぼくは何のことか分からなかった。
「酸っぱいマンデリン」
彼女は酸っぱいマンデリンを200グラム買って帰られた。

ドミニカのロバ

Photo_27昨日、ドミニカのH君が来た。ぼくは彼から田畑農園など、ドミニカのコーヒー豆を仕入れている。
「明日、ドミニカに帰ります。コレをぼくだと思ってそばに置いててください」
それは動物のミニチュアだった。ドミニカの土産店で売ってるらしい。
「これ、もしかしてロバ?」
「そうですよ、ドミニカにはロバがたくさんいます」
「臆病そうだね」
「臆病?どうしてですか?」
「耳が長いから」
「耳が長いと臆病なんですか?」
「多分」
彼は釈然としない様子だった。
「来年、3月ごろまた来ます」
彼は今ごろ飛行機の中だ。常夏の島、ドミニカに向かっている。
ドミニカのロバは、きっと雪を知らないだろうな。

散髪

髪を切りたくてしょうがないのに、定休日を月曜日と第三日曜にしたせいで、なかなか床屋にいけない。女の人は、髪を切ったり伸ばしたり、髪型を変えたりして遊べるからうらやましい。むかし、天文館にミスティという小さなバーがあって、会社の後輩とよく飲みに行った。カウンターで酒を飲みながら話すことといえば、車と女のことばかり。ぼくは力説した。
「となりの座席に乗せる女の子は、髪が長くなくてはいけない」
窓を開けて走るとき、髪が乱れるのがセクシーなんだ、というのがその理由だった。今思えば、かなり屈折している。そしてその後輩は長い髪が似合う女の子と結婚した。そして今もドライブに明け暮れている。

湯気の向こう

目を覚ますと、パンの焼けるいい匂いがした。
そうだ、昨夜はパン焼き機のタイマーをセットして寝たのだった。お客さんから手作りのレバーペーストをもらったので、ぼくはパンを作ることにしたのだ。パンの焼ける匂いは幸せの匂い。休みの朝はこうでなくっちゃね。熱いコーヒーを飲んで、ドライブに出かける。予報では、今日は飛び切り寒い一日、とのことだった。こういう日は冷たい雨に打たれながら熱い温泉にゆったり浸かるのがキモチイイ。そこで、指宿郊外にある、外湯のある温泉に行くことにした。車はみぞれ混じりの雨の中を走る。BGMはビーチボーイズ風に歌う山下達郎。古い歌だけど「夏への扉」が聞きたかった。温泉に着いた。車から出ると硫黄の臭いがあたりに漂っている。外湯は湯気に煙ってよく見えない。湯気の向こうに何か期待してしまうのは変なクセ。

窓の猫

朝、目覚めると自分が不機嫌であることに気づいた。
最近、寝覚めが悪い。きっと悪い夢を見ているのだろう。
窓を開ける。冷たい風が吹き込んでくるが、ぼくは毎朝窓を開けないと気がすまない。洗面所で顔を洗っていると、先ほど開けた寝室の窓からネコの声がする。窓の開く音を聞きつけたネコがやってきたのだ。しかし、網戸があるから入って来れない。はずだった。見ると、わずかに開いた網戸の隙間から今まさに室内に飛び込もうとしている。目と目が合った瞬間ネコはジャンプした。が、後足がカーテンに引っかかり、床に激突。
ぼくはあっけにとられた。
気がつくと、ぼくの不機嫌はすっかり消えていた。

眠れない夜が明けると

いい年こいて朝からオフコースをかけている。
オマエなぁ、求めすぎだよ、女に。そんなの不可能なんだよ、オマエ。ぼくはいつものように彼の歌詞に文句をつけながらコーヒーを飲む。小田クン、キミは思い違いをしている。いや、狂ってる。かわいそうに。
相手が女である限り狂ってるのが正常な気もする土曜の朝。

鍋の作戦

レバーが好きだという人は少ないと思う。ぼくは好きではないが嫌いでもない。わが家では、焼肉をするさい、子供と妻にはレバーの割り当てをする。そうしないと、ぜったいに食べないからだ。それほど連中はレバーを忌み嫌っている。
ところで、今日はアンコウ鍋だった。
アンコウ鍋で一番うまいのはアンキモであるが、いかんせん高価である。アンキモとは、言うまでもなくアンコウのレバーであり、見た目もレバーそのものである。わが家のテーブルにアンコウ鍋が初めて載ったとき、ぼくはアンキモを指さしてこう言った。
「うおー、このレバーを見てみろ、まさにレバーそのものだな」と。
この作戦はしばらく功を奏していたが、なぜか最近、息子が食べるようになり、ぼくの取り分は減少した。

美しい蝶

帰宅して、いつものように映画を壁に映して鑑賞。
ピッチブラックというSF映画。エイリアン2の二番煎じみたいな映画だった。一段と頭がモヤモヤしてきたので、引き続き先日録画しておいたマイルスデイビスの特集を見た。彼はジャズで有名なミュージシャンだけど、目指しているものは「ジャズ」に収まるものではないようだった。
ボクシングのトレーニングをするマイルスが映し出される。
その姿は彼の演奏の姿そのものだ。
彼にはふつうの人には見えない美しい蝶が見えるので、無我夢中でそれを追いかける。
一般の人に見えないものが見える人は孤独になる。

30日

明日から12月。
「営業はいつまでですか?」常連の奥様に尋ねられた。
「29日までですよ、30日が大掃除です」
「大掃除?しなくていいんじゃないですか?いつもきれいにしているし」といって、店内をぐるりと見回し、「A型なんですか?」と、ほほえんだ。
「いえ、ぼくはB型ですよ」
「ふぅーん、A型だとばかり思ってました」悲しそうな顔でぼくを見た。
「A型が綺麗好きで几帳面というのは当たってないですよ」
ぼくは反論した。
「あら、わたしはAなんですけど、カーテンがピシャッと閉まってなかったりベッドで布団が曲がってたりすると、とてもイヤですわ」
結論に至りそうもない会話が20分くらい続いた。
決してヒマではないのだけど、なぜかいつもこうなる。