眠れない夜が明けると

いい年こいて朝からオフコースをかけている。
オマエなぁ、求めすぎだよ、女に。そんなの不可能なんだよ、オマエ。ぼくはいつものように彼の歌詞に文句をつけながらコーヒーを飲む。小田クン、キミは思い違いをしている。いや、狂ってる。かわいそうに。
相手が女である限り狂ってるのが正常な気もする土曜の朝。

鍋の作戦

レバーが好きだという人は少ないと思う。ぼくは好きではないが嫌いでもない。わが家では、焼肉をするさい、子供と妻にはレバーの割り当てをする。そうしないと、ぜったいに食べないからだ。それほど連中はレバーを忌み嫌っている。
ところで、今日はアンコウ鍋だった。
アンコウ鍋で一番うまいのはアンキモであるが、いかんせん高価である。アンキモとは、言うまでもなくアンコウのレバーであり、見た目もレバーそのものである。わが家のテーブルにアンコウ鍋が初めて載ったとき、ぼくはアンキモを指さしてこう言った。
「うおー、このレバーを見てみろ、まさにレバーそのものだな」と。
この作戦はしばらく功を奏していたが、なぜか最近、息子が食べるようになり、ぼくの取り分は減少した。

美しい蝶

帰宅して、いつものように映画を壁に映して鑑賞。
ピッチブラックというSF映画。エイリアン2の二番煎じみたいな映画だった。一段と頭がモヤモヤしてきたので、引き続き先日録画しておいたマイルスデイビスの特集を見た。彼はジャズで有名なミュージシャンだけど、目指しているものは「ジャズ」に収まるものではないようだった。
ボクシングのトレーニングをするマイルスが映し出される。
その姿は彼の演奏の姿そのものだ。
彼にはふつうの人には見えない美しい蝶が見えるので、無我夢中でそれを追いかける。
一般の人に見えないものが見える人は孤独になる。

30日

明日から12月。
「営業はいつまでですか?」常連の奥様に尋ねられた。
「29日までですよ、30日が大掃除です」
「大掃除?しなくていいんじゃないですか?いつもきれいにしているし」といって、店内をぐるりと見回し、「A型なんですか?」と、ほほえんだ。
「いえ、ぼくはB型ですよ」
「ふぅーん、A型だとばかり思ってました」悲しそうな顔でぼくを見た。
「A型が綺麗好きで几帳面というのは当たってないですよ」
ぼくは反論した。
「あら、わたしはAなんですけど、カーテンがピシャッと閉まってなかったりベッドで布団が曲がってたりすると、とてもイヤですわ」
結論に至りそうもない会話が20分くらい続いた。
決してヒマではないのだけど、なぜかいつもこうなる。

ブラッドベリな日常

SF小説を読む人って、少ないような気がする。
きのう、ブログに火星のことを書いてしまった。
馬鹿げたことを書いてやがるな、と思った人もいるかもしれない。
然り。
生活日記に火星上のことなど書くやつはめったにいない。
ピロートークに火星を持ち出す男なんて無に等しい。
しかし、一部のSFマニア(SMじゃないですよ)は、日常に火星や土星はもちろん、銀河系外宇宙までも持ち込むのです。
今宵、無重力なひとときをあなたに。

火星の休日

1
今日は定休日。
昼前、江口浜の蓬莱館に行った。屋外のデッキに出て、陽光を浴びながらの食事。夏とはまるで違う。太陽は遠ざかり、遥か彼方で弱々しく輝いている。まるで火星に来て食事をしているような気分だ。火星にはまだ行ったことないけど。
食事を終えて、海に出た。堤防に腰掛け、熱いコーヒーを飲みながら、遠くで漁をする小船を眺めていた。

20回

狭い室内に閉じこもったまま仕事をしているので、体力は衰える一方だ。そこで、毎朝ぼくは腕立て伏せをしている。20回。そして腹筋運動もする。これも20回。少ないだろうか。
少ないに決まってるよな。

怖いもの

ぼくの昼ごはんは弁当。きょうは、ゆで卵が一個、おまけに付いていた。なにかの本で読んだのだけど、紙に描かれた真円を見ると恐怖で体が震えだす人がいるらしい。理由は忘れた。また、緑色を見ると狂いそうになる、という人生相談への投稿を読んだこともある。
「ほんとうかしら、変な人がいるものね」
と、思う人もきっといるだろう。
しかし、ぼくはそう思わない。なぜなら、ぼくはニワトリのタマゴをじっと見ていると、気分が悪くなってくる。うまくいえないのだけど、あの物体には極度に張り詰めた緊張感がみなぎっている。長く見ていると吐き気がしてくる。
こういう自分と付き合うには、じっさい、骨が折れる。

赤飯

赤飯は、めったに食べることがない。
たぶん、今時どこの家庭でもそうなんだろう、とぼくは思っている。
「知り合いが誕生日なので、帰ったら赤飯を作ってあげるのよ」午前中いらしたお客様の言葉に、ぼくはハッとし、同時に懐かしい気持ちがこみ上げてきた。
「赤飯?」
ぼくの驚いた声に、彼女もまた驚いたようだった。彼女はまだ若いのだけど、日本的な風情を身にまとった落ち着いた女性。いわく「そんなことに驚くあなたのほうがおかしい」そうだ。おめでたいことがあると、ごく当たり前のように赤飯を炊くらしい。悲しいかな、誕生日といえば、ぼくにはケーキしか思い浮かばない。
ぼくは間違っているのかもしれなかった。赤飯なんて、大正生まれのおばあちゃんか、懐古趣味にかぶれたヒマな主婦が作るもんだと思っていたからだ。
「よかったらいつでも食べにいらしてください」彼女は静かにそういった。

もしもピアノが弾けたなら

これはグレン・グールドですか?
眠そうな顔でコーヒーをすすりつつ、Sさんはそう言った。店内に流れていたバッハのピアノ曲はまさにそれだった。彼はTVカメラマン。36才。5年前の「ナマイキVOICE」取材以来のお付き合い。今日はじめて知ったのだけど、彼はピアノが弾ける。5年ほど前、シオノヤサトルというピアニストの取材をした際に甚く感動し、自分でもピアノを弾きたくなったのだそうだ。さっそく中古のアップライトを10万円で購入してハノンの練習曲に明け暮れた。とまあ、ここまでならありそうな話なのだが、その2年後、タッチが違う?とやらで奥様には相談なしに新品のYAMAHAグランドピアノを購入。当然奥様は激怒し、そのピアノは敷居をまたがせません、と宣言されたそうだ。その後の詳細な経緯は聞かなかったが、グランドピアノは無事、自宅に納まっているという。恐ろしいことをするものだ。今流行の熟年離婚候補No.1に彼を推薦したいと思う。ちなみに、彼の情熱の影響を受け、ぼくもピアノの練習をはじめようと思っている。

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