団地の夏祭り

店から帰って駐車場に車を停め、玄関を開けると「屋上でビールを飲もうよ、花火が上がるらしいよ」と、ヨッパライ某の声。今夜は団地内の夏祭りらしい。屋上に上がり、花火が上がるのを待つ。が、なかなか始まらない。中止なのかもよ、と言って、階下に降りて夕食の準備を始めたところで、ドカン、という地響き。あわてて屋上に上がり、しばし花火見物。たまや~♪

火星の写真

風呂から上がって屋上に出ると、南の空に赤い星が不気味に光っている。薄雲が広がっているらしく、見えるのはその右にある土星、そして、かなり西に傾いてしまった木星。頭の上ではアルタイル、ベガ、デネブが鈍く光っている。15年くらい前の夏、この赤い星は、今と同じくらい輝いていた。なのに不思議なくらい、記憶にない。記憶が風景とともに残るようになったのは、ブログを書き始めてからのように思う。上の写真、スマホで撮ったんだけど、ひどいピンボケ。ピントが合ってる写真もあったんだけど、なんだかこの写真が一番気に入ってしまった

open

というわけで今日、梅雨が明けたんだそうです。そんなわけで、某コーヒー店のレジの上では、おなじみの火星人が風にゆらゆら

梅雨明けの記念に、一年間冷蔵庫に眠っていたフルーツみつ豆を開けました。これにラム酒を入れて食べると、ココロの梅雨も同時に明けるのです

夕日に向かって叫べ

朝、ヨッパライ某が言った。
夜中に叫んでたよ、いたい、いたい、って。
いや、ぼくは一度しか叫ばなかった。
夜中に寝返りを打った時、肋骨のヒビのせいで胸に激痛が走ったのだ。
思わず、いたい、と叫んで目が覚めた。
男はめったに叫ばない。まして二度叫ぶのはカッコ悪い

Yes-No

他人とは浅い付き合いだから、相手を肯定できるんです。

って、谷川俊太郎さんは言ったんだそうです。

わかる気はするんだけど。

寝る前などに、よく思う。ぼくは相手を肯定することはもちろん、本気で否定することもできない。ほんとの話です。

なぜなら、ぼくは自分を肯定することも否定することもできないでいるから。

一緒にアイスクリームを食べたり、渚を走ったり

ブログ記事とそれに伴う写真をこちらのサイトに移転し終わった。写真が思った以上に多く、疲れた。ソフトクリームの写真がやたら目についた。ソフトクリームの写真は20代から撮り続けている。ソフトクリームを食べている女の子の、あの何とも言えぬ、しあわせそうな表情が好きで、夢中でシャッターを切った。

iOSのSiriに質問すると、次のような答えが返ってくる

地球はいつ滅亡するの?

知っていたらお教えしますよ。そうすれば最後のすばらしい一日のために命を吹き込んでいただけるし、一緒にアイスクリームを食べたり、渚を走ったりできますから。

だって、日記なんだもの

昨日、脇の下を開けた車のドアにぶつけてしまった。打ち所が悪かったらしく、肋骨にひびが入ったようだ。昨夜は寝返りが打てず、何度も目が覚めた。これで二度目。前回がいつだったか調べてみると、2013年の12月13日。5年近く前だ。今度のブログの検索機能は実に使い勝手がいい。けっこう遊べる。思いつくまま、例えば、「ケーキ」で検索すると、約50件の記事がたちどころにピックアップされる。そういうわけなので、昨日、肋骨にヒビを入れた、という事件もこうして書いておかねばならない。いつかまた同じことが起きたら、「肋骨」で検索をかける。するとこの記事も浮かび上がってくる。記憶は時とともに浮力を失い、沈んでいく。思えばもったいない話だ。そこで時々、底に沈んだ澱をゆすってみる。いい趣味とは言えないかもしれないが

心理学の知識に基づいてうまく設計されている?

あるネットの記事を読んでたら、こんなことが書いてあった。もしそうなら、SNSってアリジゴク?

多くの人が発信者の側に回れるようになったのは、ソーシャルネットワーク(SNS)のおかげですけれど、これは心理学の知識に基づいてうまく設計されていると思います。他者からの承認欲求や、他者と競い合いたい欲求、自己実現欲、自己愛といった人間の心理をうまく利用して、人々をSNSから抜けられなくさせるようにできています。

ホンマかいな~! なんだか怖い

クールダウン

金曜日の男から瓶入りの液体をもらった。水で薄め、好みで酢を数滴落としてお楽しみください、という達筆の説明書が添えてあった。もちろん金曜日の男が書いたのではない。彼の奥さんの字だ。彼女は新聞のコラムを書き、有名人のゴーストライターをこなすインテリ。先日は英文でメールを送ってきて英語が苦手なぼくを慌てさせた。いたずら好きの美女。そんな彼女がなんで金曜日の男とくっついてしまったのか。オスカーワイルドは、男は退屈から結婚し、女は物好きから結婚する、って言ったそうだが

午前中はフィーバー

夏は暑い。帽子をかぶらずに日向を歩くと日射病になる。そういうわけで、今日も朝からコーヒー豆を焼いていた。すなわち、この作業はとても暑い。そしてぼくは熱中症になった。気づいたときはもう遅い。急いで水をガブガブ飲んだが、頭がくらくらする。危険が危ない。こんなふうに脳みそが少し煮えて使えなくなるのだ。しかし、ちょっと使えなくなったくらいが幸せに近いような気もする。人生は奥が深い