8400yen

27日の朝、ピアノを移動させようとしてぼくが発生させたエネルギーは、行方を見失って迷走、ぼくの腰を誤爆した。ピアノに罪はなかった。主人が床に伏したことを知らないピアノは、渋谷駅の忠犬ハチ公のように、いつまでも部屋の隅に佇んで、じっとぼくを待っていた。ぼくはそんなピアノが不憫に思えてならなかった。だが、ぼくには再びピアノを自分の手で動かそうという勇気はない。ぼくはピアノ運送屋に電話をした。
「あのー、ピアノを部屋から部屋に移すのに、いくらかかるでしょうか」
税込みの8400円であった。案外安いものである。ぼくはお願いすることにした。最初からこうすれば、ぎっくり腰になって7000円もする高価なベルトを買わなくてすんだのだった。

雨の花見

今夜は店のお客さんたちと花見。あいにく天気は下り坂。甲突川べりに確保してあった花見会場は急遽Sさんちのガレージに変更された。ガレージと言ってもケッコウ広く、フェラリが3台、楽に格納できる広さだ。メンバーは約15名で、美男美女ばかり、という触込みである。会場に着くと、桜の花もすでに壁際に飾られ、用意万端ととのっていた。「では、開会の挨拶を」と、koji氏から見えないマイクを渡されたぼくは「あー本日は好天に恵まれ…」などとテキトーなことをモゴモゴいってさっさと乾杯した。席に座るとぼくはさっそく、昨夜、某掲示板で話題になった、じとさん手作りのおでんを所望した。「こ、これは」大根を一口食べて絶句した。恐ろしいほどに完璧な仕上がりである。花の独身男が一人で作ったとはダレひとり信じないだろう。南薩支部のもっちゃんが作ってきたチマキにも驚いた。だしは小エビであろうか。うますぎる。わざわざ海に行って取ってきたという、トコブシ、ミナ、カラスガイも絶品。どれもが熟練の母の味だ。なぜ彼女がいまだに独身でいるのか謎である。サカモトさんが持ち寄ったのは、手作りそーめんチャンプルー・スペシャルとどこかで買ったコロッケ。確かな審美眼を持つ者によって選ばれたコロッケは、さも当然のようにアートなうまさを誇っていた。麦の花さんが作ったという「きゃらつわ」が手許にまわってきた。なんという奥の深い、侘寂の効いた日本のルーツ的な味であろう。まさにソウルフード。ぼくは遠い目になって、いつしか歌を口ずさんでいた。「うーさーぎーおーいし、あーのやーまー」。酔いが回っていい気分になったところで、どこかで「ぜんざいを食べたい人は?」との声があった。「おー、くれ、くれ」ぼくは叫んだ。shinoさん特製白玉ぜんざい。それを無心に食べてると、Qえもんさんが「ぜんざいを食べてる写真を撮るからポーズを」という。しかし、すでにお椀が空っぽだったので、お代わりをした。酔ったぼくは隣に座ってたshinoさんのお父さんを相手に、いつものように究極の女性論を展開していた。すると、きみさんの手作り「桜の葉の塩漬け入りシフォンケーキ」が出た。塩味という、意外性のある不思議なうまさだった。いつものことだが、ぼくは食べてばかりいたようだった。

別れの朝

ぎっくり腰になって四日が過ぎた。潮が引くように腰の痛みも消えつつあった。ぼくは静かに悟った。チャンピオンベルトに別れを告げる時がきたことを。いつまでも過去の栄光に浸っていると人間は堕落する。ぼくは思い切ってチャンピオンベルトと決別することにした。
さようなら、ぼくの白いチャンピオンベルト。
いつかまた腰にする日まで。

額縁の中の二人

朝、いつものようにCDをかけながら店の準備をしていた。
一度は愛しあえた二人が石のように黙る
流れていた曲は大滝詠一のVelvetMotel.
一度は愛しあえた。
なぜかその言葉がいつまでも耳で燻り続けた。
一度は愛しあえた。
Perfect!一度は愛しあえたのならそれで十分。
男女の愛は虚構だから。
森羅万象に属する自然の策略だから。
酔うほどに醒める安い酒。
ところで、一度は愛しあえた?

静かな夜

仕事を終え、家に帰ると、だれもいなかった。どの部屋も真っ暗で、ひっそりしている。家人は皆、福岡に行っているのだった。今日明日2日間、ぼくは一人なのだ。
「さーて、何をしようか」
そうつぶやいてみると、妙にわくわくした気分になった。まるで留守を預かる子供だ。冷蔵庫にあるものを適当に料理し、晩飯を済ませ、映画を見始めた。腰が痛いので、ソファに横になって見た。F氏から借りていた「アトランティスのこころ」
地味だったけど、なかなかおもしろかった。スタンプカードの印刷を終えて茶碗を洗った。風呂に入り、洗った洗濯物を干した。メールチェックを済ますと1時になっていた。
静かで楽しい夜だった。
明日の夜は、何を食べようかな。

チャンピオンベルト

計らずしてチャンピオンベルトを腰にする栄誉に預かった。鏡の前に立ち、腰のベルトに手をあてたとき、ぼくは思いがけず胸が一杯になった。力道山は強かった。無敵だった。これはプロレスの話である。彼がチャンピオンベルトを高く掲げ、ファンとともに勝利の勝どきを上げる姿を今もありありと思い出す。彼のベルトは自宅のテレビが白黒だったせいで黒かったが、今、鏡の向こうでぼくのベルトは純白に輝いている。
「中山式腰椎医学コルセット」
ぼくのベルトの名前である。薬局で売っている。

ピアノは重かった

Piano_01ぼくの小さな夢は、ピアノが弾けるようになることだ。ピアノは娘の部屋にある。その娘がこの春、福岡に旅立った。娘の部屋は窓が三方にあり、風通しが良く、開放的で明るい。しかし、窓が多いということは、音が外に漏れるということでもある。一方、となりの部屋は窓がひとつしかなく、しかもそれは道路を挟んだ空き地に向いている。その部屋だったら、近所に気兼ねなく、朝な夕な、存分に練習ができる。というわけで、ピアノをとなりの部屋に移すことにした。今日は定休日。朝からさわやかに晴れている。朝飯前に、パッと済ませてしまおう、と、ぼくは軽い気持ちでピアノを持ち上げた。つもりだった。びくともしない。信じられない重さだ。仕方なく、先にウォーミングアップを兼ねて机を運ぶことにした。事件はその時起こった。机を持ち上げたとたん、腰に激痛が走った。いわゆる、ぎっくり腰である。その凄絶な痛みを人は「痛みのチャンピオン」と呼んでいる。かもしれない。歩くのはおろか、立つこともできない。無理にピアノを持ち上げようとした時点で腰に異変が起きたのだろう。額に脂汗をにじませ、ぼくは這うようにして、まだ温もりの冷めぬベッドに引き返した。

乙女心と春の空

昨夜、屋上に上がったぼくは、おもむろに人差し指を口に突っこみ、夜空を仰いだ。口から離れた指は、ひとすじの銀の糸を引いて天の一角を指した。
「明日は雨だな」
予報によれば、明日はおおむね好天らしい。しかし翌朝、つまり今朝、ぼくは雨の音で目覚めることになった。だからといって、ぼくは気象庁を責める気などない。気象の予測は大変デリケートなものである。高名な某カオス理論によれば、北京で蝶が羽ばたくとニューヨークで嵐が起こるという。これは取るに足らない些細な現象が、予測とまるで異なった結果を引き起こすという例えだ。つまり、気象を予測するならば、こういう下位レベルのデータまで入力する必要があるといっているのである。
では、今日の気象予測を外し、雨をもたらした「蝶の羽ばたき」に相当する些細な原因とは何だろう。
これである。昨夜は土曜であった。あちこちで乙女の住まう窓が開き、家に取り残された彼女らの、たっぷり水蒸気を含んだタメ息が上空に昇ったのだ。

エントロピー

Diaここのところパソコンの調子が悪いので分解掃除をすることにした。おそるおそる、ふたを開けてみると、ご覧のように、わけのわからない部品がゴロゴロ出てくる。一つ一つがどのような役割を持つかは分からないが、これらの部品が一致団結し、快刀乱麻を断つがごとく複雑な問題を処理するのである。
信じた?
信じたあなたは、天才科学者の資質がある。
既成概念にとらわれると、発想は飛躍しない。
余計なお世話である。
そう思ったあなたは正しい。
今日は、お客さんから20年使って動かなくなったミルを預かり、分解掃除した。一つ一つの部品が丈夫に出来ていたので、組み立てなおすと新品同様になった。実に楽しい作業だった。

通夜

黒い服を着込んで海沿いの道路を走る。
時計は22時を回った。夜の道路。
低くうなるタイヤの音が海鳴りのようだ。
夜を浸食した海が暗い道路を覆う。
海の底を走って死んだ人に会いに行く。