電話

061002今日は定休日。天気は悪くない。風もさらりとして、ドライブ日和と言ってもいいくらいだ。しかし、先日ひきかけた風邪のせいか、わずかに体が重い。顔を洗ったあと、屋上のレモングラスの葉を2枚むしりとり、それでお茶をいれた。屋上のベンチに腰掛け、ぼんやりとレモングラスティーを飲む。なにも考えないから、なにも浮かばない。あたりまえのことだが、勤務先から電話が来ることもない。わが家は街から離れた高台にある。がけっぷちなので、とても見晴らしがいい。それに静かだ。静かすぎると落ち着かない人もいるけれど。
突然、携帯が鳴った。上司からだ。
時空を超えて届く、組織からの電話。
「実は君の顧客名簿のことなんだが」
上司はいつもの声で言った。
「ぼくのは全部捨てました。なにもありません」
「そうか。そうだろうな」
相手はため息混じりに言った。とても残念そうだった。
ぼくが会社に勤めていたときの上司からだった。数ヶ月前、彼が会社を辞めたという話は風のうわさに聞いていた。自分で何か始めるらしかった。そのために、顧客データを集めているのだった。
「ぼくは今、月曜日が休みなんですよ」
明るい声でそう言うと、ぼくは電話を切った。