いつのまにか夜になっていた。呼ばなくても夜はくる。ぼくは風呂から上って屋上で涼んでいる。南の空に大きなSの字が見える。それはさそり座。ぼくには、頭から触手を伸ばしたアメフラシに見える。梅雨は上がったのだろうか。
限りなく理想的なブルー
起床6時30分。カーテンを引くと、予報どおり山の向こうまで青空が広がっていた。7時20分、ぼくは息子と二人で吹上浜に向かった。砂丘を越えたとたん、目くるめく青の世界が一面に広がった。さっそく泳ぎ始めた。吹上浜は潮の流れが速く、海底の起伏が大きいので遊泳には向かない。多分、危険である。そのせいか、すばらしい景観のビーチなのに泳ぐ人は少ない。ぼくはメガネをかけたまま海の中に入っていった。足が届かなくなった頃、多分、水深2メートルあたりで振り向きざまに大きな波をかぶってしまった。ない、メガネがない。波にさらわれてしまったのだ。すぐに潜ってみたが、裸眼なので視界はぼやけ、砂が舞い上がってモウモウとしてる。やはりコンタクトにすればよかった、と思っても後の祭り。泳ぐ時はコンタクトとゴーグルの組み合わせが今のところベストなのだ。「ニシムタに度付きゴーグルが売ってたのに」ぼくは未練がましかった。実は、それを日曜日に買って月曜に泳ぐ予定だったのだ。ぼくは20メートルくらい離れて泳いでいる息子を呼び、ゴーグルを取り上げて潜った。ぼくはずいぶん流されたらしかった。海底を這うように泳いでいくが、見つからない。繰り返し潜っていたら、太ももがつってしまった。なんとか浜辺にたどり着くことができたが、足を引きずりながら歩く姿はひじょ~にカッコわるかった。足の痛みがひいたので、再び出陣。メガネがないと帰りの運転ができないので必死である。水深2メートルラインに目星をつけ、砂地の海底を泳ぎつづける。足はつらなかったが、今度は吐き気がしてきた。酸欠のせいかもしれない。口の中にヨダレがあふれてくる。まずいな。ぼくは再び陸に上がった。寝転がってると吐き気がひどくなったので、波打ち際を北に向かってヨロヨロ歩き出した。しばらく歩いていると気分が良くなって、いつの間にか歌を歌っていた。「波打ち際をうまく~濡れぬように~歩くあなた ~」酸欠で脳細胞が10万個くらい死滅したようだ。そのとき視力0.01で見た空と海は、限りなく理想的で、天上的なブルーだった。
セーフモード
昨夜は2時間ちょっとしか寝てない。朝起きると、ぼくの中にある7個のスイッチの内3個がどうしてもONにならなかった。ぼくはセーフモードで立ち上がった。こういう日は気をつけなければいけない。変なことをしゃべるからだ。しかも悲しいことに、その内容を後で思い出せない。今日、何人の人と話しただろう。心配だ。気味が悪い。
電話
まもなく日付が変わろうとしている。携帯が鳴った。ろくでもない電話。ぼくはズボンをはき、車のキーをつかんだ。波の音。赤い灯台。真っ暗な駐車場。だれもいなかった。車をターンさせ、もうひとつの港に向かう。午前二時。ろくでもない夜。
君はアイスクリーム
正午過ぎ。戸外は陽炎が立ち、ネコ一匹歩いていない。
それでも、こんなに暑いのに、お客様はいらっしゃる。
ぐったりして、目もうつろ。熱帯夜のせいかもしれない。
お客様が豆を選んでる間にBGMのCDが変わった。
「くちびるツンと、とがらせて、何かたくらむ表情は・・・」
大滝詠一の「君は天然色」
とたん、モノトーンだったお客様の表情に色が差した。
「知ってるんですか?」
「ええ、聞いたことあります」
20年以上前の曲だ。流行ったのは、彼女が中学生の頃だろうか。
彼女はどこで聞いてたのだろう。ぼくは走る車の中だった。
時々、わけもなく切なくなる。
とけたアイスクリームは元に戻らない。
車の窓
ぼくが最初に買った車は中古のいすずジェミニだった。27万円。もちろんエアコンは付いてない。神奈川に住んでた頃はそれで問題なかった。暑い日は窓を開けて走ればよかった。ある夏、ぼくは車で鹿児島に帰ってきた。桜島の火山灰が連日のように降り続いて目も開けられない。車の窓だって、絶対開けられない。ぼくは汗だくになってジェミニを走らせた。
ここ数日、暑い日が続く。すれ違う車はどれも窓を締め切っている。ぼくは女性を乗せている時以外、車のエアコンはまず使わない。窓を全開にし、ラジオのボリュームを上げ、汗をたらしながら走る。とても愉快。
月夜
外に出るとムンクの描いたような不安な月が浮かんでいた。これは何のメッセージだろう。気をつけなければならない。あなたはコウモリになって空に飛んで行くかも知れないし、人の知らない道を犬のように駆けだすかもしれない。自分のことは自分が一番良く知っていると信じているなら、それは誤りであり、危険である。
午後の発電
今日は休日。天気も良く、海で泳ぎたかったのだけど、台風の余波が残ってそうなのでやめた。食事をとった後、ぼくは屋上でぼんやりしていた。空は高く、雲は白かった。ゆるやかな風があるので、いい気分だった。風景に合わせて、夏っぽい音楽がアタマの中を流れている。遠くに目をやると、錦江公園のロケットが白く輝いている。海では客船がゆっくり南下している。山の上では、大きな風車が飽きもせず回っている。目に見えるものは倦んで、けだるかった。風はぼくの風車を回し、弱い電気が起きていた。Eを指していた針は、少しずつFに動きだした。
夕暮れ時
Tさんからお借りした「ALWAYS三丁目の夕日」をみた。
劇中、吉行淳之介という名の少年が出てきてびっくり。
母親はカズコ。ん?
しかし、その役どころに、ナルホド的気分になった。
作家、吉行淳之介から浮かぶ風景、それは遊郭、夕暮れ、曇り空、妾、色男、女、疲労。
劇中、淳之介少年は幼くして陰のあるオトナの雰囲気を醸し出していた。そのスジの女性に愛される男のムード。
うん、たしかにコレは吉行淳之介だ。
夜の風景
夜の10時すぎ、部屋が蒸し暑かったので屋上に上がった。
上空で月が明るく輝いていた。
稜線沿いに入道雲がいくつか顔を出し、それが月明かりに映え、言葉にできないくらい幻想的だ。
グレーと青のグラデーション。写真に撮れたら素敵なんだけど。
でも、無理なんだと思う。思った以上に暗いはずだ。
ファンタスティック。
みんなに教えてあげたかった。
いま、何をしているだろう、みんな。
テレビを見ている人。音楽を聞いている人。本を読んでる人。
寝てる人。
ちょっとでいいから見てごらんよ、あの空を。