ひまなので、外で風に吹かれながら本を読んでいる。ここは、コパカバーナ。知らない人は知らないと思うが、知ってる人は知っている。この時間、さすがに日差しは強いが、ビーチパラソルの下は案外涼しい。読んでいるのは、タケシ・ヨーローの随筆。知らない人は知らないと思うが、彼の随筆は室外で読む方が良い。一見、屁理屈で固めたような文を狭い部屋で蛍光灯をつけてチマチマ読んでいるとノイローゼになるのである。分かる人には分かる話だ。ちなみに随筆のテーマは「理想と現実」で、次の一文で締めくくられている。「要するに理想と現実なんて、自分の頭の納得の問題に過ぎないのである」
あいかわらずである。それにしても漢字が多い。漢字の多い文章は目に悪いに決まっている。つまり、健康によくないのである。というわけで、さっきからナイスバディな彼女が海で呼んでいるので、ひと泳ぎしてこようと思う。
ポスター
別府アルゲリッチ音楽祭のポスターが、当店にいらした一部の女性の熱い視線を集めている。そのポスターはトイレの横に張ってあるのだが、どう見てもクラシックには縁のなさそうな女性が足を止め、一様にポスターの右下あたりをじっと見つめている。
「ひとは見かけによらんもんだな」
ぼくは感心しきりであった。しかし、違ったのである。先週のある日、いつもマンデリンしか買わない通称「マンデリン姉ちゃん」が、レジの近くに置いてあるアルゲリッチ音楽祭のチラシを見て叫んだのだ。チラシは壁のポスターの縮小版で、A4サイズである。
「ねえ、これ、だれだっけ!」
彼女はチラシ右下の小さな写真を指差している。下の字が小さすぎて読めないらしい。
「ナカリャコフ」
ぼくは声に出して読んだ。
「でしょう!やっぱり」
字が読めないくらい目が悪いのに、切手ほどの写真がだれなのかはすぐに分かったらしい。
「いいよねーナカリャコフ」
彼女は写真を見つめたまま、ため息混じりに言った。
「見に行けば? 4月に別府に来るんだよ」
ぼくは言った。
「この人はだれ?中島みゆき?」
「マルタアルゲリッチ。知らないの?」
「ぜん、ぜん」
ぼくは唖然とした。
「いいよね~、ナカリャコフ~」
彼女は猫にマタタビのような様子なのだった。どうやらナカリャコフの顔は、女性族にとってフェロモンのようなものらしい。
オレンジは好きかい?
南の島からタンカンが届いた。変な名前だけど、タンカンはネーブルに似た、すばらしくおいしいミカンだ。ミカンは不思議だ。ミカンを手に載せ、眺め、その皮をむくとき、ぼくは我を忘れて感慨に耽ってしまう。「見事な作品だ。信じられん。不思議だ。奇跡だ」などとブツブツいいながらミカンをむく。家人は「また始まった」とばかり、げんなりした顔をする。ミカンを設計した創造者に思いをはせるとき、ぼくは感動のあまり涙が出る。愛より出でたと思われる恐るべき美意識を以て仕事に臨んだ、目に見えないサムシンググレートに対し、感謝というより、原初的な畏れに似た全身的な情動で、思わずひれ伏したくなる。ミカンを前にひれ伏してるぼくを想像すると、自分でも笑ってしまうのだけど。
午後4時の空
外で本を読んでいたら、風が出てきて、あたりは急に暗くなった。見上げると、いつの間にか暗い雲が空をおおっている。風が運んでくる雨の匂いは悪くないのだけど、暗くて文字が見づらい。ぼくは本を閉じて店に戻った。
ぬるい風呂
昨夜は長い時間、風呂に浸かっていた。1時間半くらい。人の体は水に溶けないことになっているが、ぼくは心配だ。たまに、髪を洗っている手を止め、指の先をじっと見つめている。溶けてないかチェックしているのだ。考えているのは自分だと思うしかないのだけど、体というやつがどうにも信用できない。ただ、あるがままに信じるしかない。疑い深い性格は、自分に与えられた体も疑っている。人間以外の生物を観察していると、彼らは遍く天の命ずるまま、無条件的な秩序に従っているように見える。人の体もそうだ。生物としての肉体は動物と同じく、天の命に従ってる。そこに、心が宿る。おかしい。変だ。納得がいかない。と、疑い深いぼくは思い、悩んで長風呂になる。
夜のガスパール
ここ数日、何か変だと感じているのだけど、それが何なのか分からない。明らかに何かがいつもと違う。睡眠時間は、いつもどおり6時間前後。熟睡している、と思う。それなのに疲れ方がひどい。変な話だが、時々幽霊が見える。幻覚なのだろうけど、はっきり見えるので、現れたときはびっくりする。たぶん、あと何日かすれば元に戻ると思う。
気分は32c
渡良瀬
豆腐をはじめ、大豆を使った食べ物が好きだ。最近は煎り大豆にハマり、毎日、かなりの量を食べている。大豆は健康食品だから、いくら食べても良いと思っていたのだが、念のため調べてみると、女性ホルモンと同じ働きをする成分が含まれているのだそうだ。そういえば思い当たるフシがある。最近、不思議と女性の気持ちが理解できるようになった気がするのだ。うふ(はぁと)
月がでている
雨の日
きのうより今日は不幸な感じがする。
なぜだろう。
きのうは晴れていたのに今日は雨が降って肌寒い。
たぶん、これが一つ。
きのうは冷蔵庫をあけると手作りのシュークリーム2個、アップルパイ4切れ、クッキーが2個入っていたのに、今日はない。
これで二つ。
不幸が来たのではなく、幸せが減ったらしい。