山並み

Photo_19カーテンを開けるまでもなく、今日がすばらしい天気だということが分かった。プランク恒数をあらわした物理学者の寝室が東向きだったかは知らない。しかしどうだ、今日の朝の光は。まるでカーテンを押し退けようとしているように見える。
今日は定休日。天気は極上。風もない。用事もない。据え膳食わぬは男のハジ、と、飲んだ上司が顔を赤らめて言っていたのを思い出す。と、いうわけで、さっそく湯を沸かし、ポットにコーヒーを詰めた。放射冷却のせいで寒い朝だった。まず、指宿の例の温泉に進路を定めた。信楽焼の湯船に浸かって空を眺めると、青一色の空でトンビが円を描いていた。温泉は山すそにあるから上昇気流が発生している。たちまち彼は風に乗って黒い点になった。一応、今日の目的は決めてあった。フラワーパークで桜を見る。桜を眺めながらコーヒーを飲む。桜の名前は「伊豆の踊り子」。変な名前。桜を見て、レストランで食事をとり、帰りに千貫平PAに寄って珈琲を飲んだ。遠い山並みを飽きもせず見つめていた。ヘミングウェイの「白い象のような山並み」での二人の会話がふと浮かんだ。

サボテンの花

天気のいい日曜日。ぼくは仕事。
それは悲しいようで、やはりうれしい。
見かけ上、しあわせは相対的なものである。
うれしい人に囲まれると、悲しそうにみえる。
まわりが利口そうなヤツばかりだとアホに見える。
こんなことを書くと、あたまが日曜日だと言われる。
日曜日だから、これでいいのである。
冬、天気のいい日曜日の朝は、この曲をかける。
それはチューリップの「サボテンの花」
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ほんの小さな出来事に 愛は傷ついて
君は部屋をとび出した 真冬の空の下に
編みかけていた手袋と 洗いかけの洗たくもの
シャボンの泡がゆれていた
君のかおりがゆれてた
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「シャボンの泡がゆれていた」
この一言で、ぼくの気持ちは冬の晴れた日曜日になる。

アスファルト

Photo_18ひまだったので駐車場の陽だまりで珈琲を飲んだ。陽光を浴びたアスファルトがとてもきれいだ。むかしバイクで転んだ。アスファルトのくずが肌に残っている。アスファルトに映る赤いテールランプ。ビルの窓から見下ろしていた雨のアスファルト。色とりどりのクラゲが揺らぎながら流れていく。珈琲を飲みながら思い出すアスファルト劇場。

Booon

臆面もなく深刻ぶった話は続く。
きっと、冬のせいだろう。
決して、自分のせいにしないところがぼくらしい。
冬になると微熱が出るのである。
そういうことにしておいて欲しい。
海の上を飛び続ければ、いつか海に落ちる。
谷を飛べば山にぶつかるかもしれない。
冬は落ちることばかり考えている。
おそらくぼくは病気だ。
そういうことにしておこう。それが答えだ。
おかげでぼくは低空飛行がうまい。

自己嫌悪

ごみだめの横で子猫がないていた。
とおりかかった女学生が足を止め、かがみこんで、頭をなでる。
子猫はかわいいから、拾われていく。
しあわせな猫。
数日前の寒い夜、店の近くで見た猫はひどく見苦しかった。頭の毛は抜け落ち、片目はつぶれ、悪魔のような低い声でないていた。
こういう猫は、なかなか頭をなでてもらえない。
かわいそうな猫。
目が悪く、耳の悪い人が頭をなで、連れ帰る。
見える人には隠されてしまうものがある。
持っていると見えなくなる大切なものがある。
失うことで得られるものがある。

せつない朝

寝ぼけマナコで家を出た。
車は東向きのガケに沿って下っていく。
遠くの山々まで見渡せる、見晴らしのいい道だ。
ラジオをつけると「青春の輝き」が流れ出した。
カーペンターズ。今は亡きカレンの声。
その時にわかに雲が開け、車は朝の光に包まれた。
不意打ちを食らったように、せつない気分がこみあげてきた。時間が止まり、カレンの笑顔がフロントガラスいっぱいに広がった。
涙が出そうになった。
ぼくも年をとったようだ。
古いワインの澱が揺さぶられ、舞い上がる。
それは小さな瓶の中の出来事。

ひきだし

時々箪笥の夢を見る。その夢の中で、ぼくは子供だ。六畳ほどの暗い部屋に置いてあるその箪笥には、引出しが数え切れないくらい付いている。ぼくは誰も来ないのを確かめながら、次々と引出しを引く。そういう夢を時々見る。引いてはならない引出しがある。
目の前に人がいる。それは引出しのたくさん付いた箪笥。ぼくは気をつけながら引出しを引いている。
つもりなんだけどな~(笑)

ぼく、ロボタン

今日は休みだったのだけど、用事があったのでどこにも行かなかった。夕方から時間が空いたので、数日前にWOWOWで放映された 「アイ ロボット」を観た。実はこれ、映画館で観たし、DVDでも見た。なぜ、飽きもせずにまた見るのかというと、今回がハイビジョン放送だったせいもあるけど、なにより主人公のスプーニー(スプーン)刑事らの会話がおもしろいからだ。原作はSFの巨匠、アシモフ。思うに、SFを書く人って、そうとう理屈っぽい。おかげで伏線の張りかたが雪の結晶を見るように美しい。会話もきれいで無駄がなく、一つ一つ気持ちよく収まっていく。まるでジャズのアドリブを思わせるスピード感がある。でも、実際の日常でこういうスリリングな会話がなされるかどうか…。作家は1時間かけて5分の会話を創作するわけだから。

種を蒔く男

日曜の夜は今週の終わりだ。
もしかすると今週を振り返って反省してる人もいるだろう。
ぼくはいないと思うけど。
しかし、今週は疲れた。仕事ではなく。
かくして、ぼくは次のような言葉を耳にすることになる。
「自分で蒔いたタネでしょうが」
なんという建設的な言葉だろう。
種を蒔く。いい言葉だ。

朝の風景

今朝は寒かった。
車を暖機してる間、道路で朝日を浴びていたら、太陽を背にして一台の自転車が走ってきた。
前のバスケットに犬を乗せている。
かなりのスピードで目の前を通り過ぎていった。
自転車が小さくなっていくのを見ながらぼくはつぶやいた。E T