化石

061016_06昨日は久しぶりに海に行った。時間を忘れて遊んだ。気がついたらあたりは暗くなっていた。堤防に座り、海に沈む夕日を見ていた。海は凪いでポチャリとも音がしない。ぼくをのせた地球は音も立てずに回転している。赤い太陽は、やがて海に沈んだ。一日の終わりは、うそのように静かだった。061016_05_1今日になって気づいた。頭の中がすっきりしている。もやもやした、つまらない感情が消えていた。写真は砂浜に落ちていた、人の臓器、心。化石化していたのを丸木浜で拾った。

reflections

061016_01
雲ひとつない空。車は峠を超え、山をくだり、広い真っすぐな交差点で止まった。時々、胸のどこかが痛くなるのはキンモクセイの匂いのせい。なぜだろう、いろんなものが距離を縮め、ぼくの体と同化しようとする。いつもなら、距離を保って自分の外に置いておけるのに。今日のぼくは、そういう力が弱っている。061016_02海岸線を走っていると、春じゃないのに、桜の花がたくさん咲いていた。でも、今日は、それが当たり前のように感じられる。ぼくの世界は反射し、リバースする。反射した光は何を失ったのだろう。061016_03

ひげ

「帰りに、いつものを1キロ」
月二回の割合で、店じまいをする頃にかかってくる電話。
ぼくはいつもの豆を袋に詰め、彼の家に寄った。
彼の家は通勤路の途中にある。
ピンポーン
しばらくして開いたドアの向こうで、男が微笑んだ。
「うっ」
ぼくは言葉に詰まった。
「へっへっへー、どお?似合うでしょ」
いつもツルツルの顔が、ヒゲもじゃ。
「いちお、船長だし。このほうが似合うと思って」
船長=ヒゲづらなのか?
そういえば、海賊の親玉はたいていヒゲづらだ。
もしかすると、ぼくだってヒゲづらのほうが仕事にマッチするのかもしれない。する気はないけど。

午後五時の部屋

061013午後五時を過ぎた頃に、機械の部屋に夕日が差してくる。あたたかい黄金色の光が、部屋を満たす。光に包まれていると、遠くでざわめく音が聞こえてくる。ちいさい頃に、いつも聞いていた音。何の音か分からない。心臓の音のような、海の音のような。

ボサノバの夜

お酒があれば、さらに良いのだけど。
一人の夜。
開けた窓から吹き込む風がやさしい。
音楽は、スローなボサノバ。サックスの音。
彼女は夜の声でやわらかく歌う。
あなたのこと、知ってるわ。
知っているって、なにを。
ぜんぶよ。
それでやさしいのか。きみは。

空箱

Tokuri_01昼過ぎ、サラリーマンだった頃の同僚が遊びに来た。彼とは、よく飲みに行ったものだった。まず一軒目でバーボンを一本空け、次に、深夜まで開いているショットバーでダイキリを飲む。いつもこのパターンだった。酒の肴は、理想の女についてだったり、相対性理論だったりした。彼もぼくも科学大好き少年だったので、自然の謎についての話が弾むことが多かった。
「顕微鏡で自分の精子を見たときは感動したな」
グラスを傾けながら、彼は感慨深げに言った。負けたと思った。どうやって自分の精子を抽出したのかは、聞いたような気もするし、聞かなかったような気もする。そんな話の中で、ぼくはたぶん、
「トックリバチの巣をまだ見たことがない。一度見てみたい」
と言ったのだと思う。
Tokuri_02小学生の時、通学路でぼくはそれらしきものを発見した。どう見ても、図鑑に載っているトックリバチの巣だった。それは、知らない人の家の塀の向こうの木にぶら下がっていた。ぼくは塀によじ登り、それをちぎって大事に持ち帰った。しかし、それは干からびたザクロだったのだ。
彼はその話を憶えていて、トックリバチの巣を持ってきてくれたのだった。それはお菓子の箱に入っていた。想像したのより、ずいぶん小さかった。遠い昔、田舎のばあちゃんがグリコの空箱にクワガタを入れてくれたのを、ふと思い出した。

備忘として

この日、ぼくは奇妙な体験をした。
それが起きたのは昼前だった。豆を焼き終わってホッとしている時、突然、何の脈絡もなく、ある施設の風景がリアルに頭に浮かび上がった。そこは約10年前、仕事で訪れた地方の施設だった。その時一度行ったきりで、特に思い出になるような出来事もなく、そこを訪れたことなど、すっかり忘れてしまっていた。そんな、どうでもいい施設の風景が、突如、現実感を伴って思考の中に立ち上がってきたのだ。とても驚いた。施設の駐車場の隅に何か黒っぽいものがいくつも積み重ねられているのが見え、そばに近づけば、それが何であるか分かるような気がする。実際、ぼくはそばに寄って確かめようとした。(この時点で、この体験はかなり異常だぞ、と思った)が、そこで風景が曖昧になり、わからなくなった。不気味なくらい現実的だった。ただ、夢と同じで、今ひとつはっきりせず、もどかしい感じがあった。奇妙な体験だったので、こりゃ~いいブログネタが見つかったワイ、と喜んでいたのだった(笑)
これだけでも十分おもしろいと思っていたのだが、帰宅後、いつものように友人のブログを見て回っていて鳥肌が立った。あるブログにその施設の写真があったからだ。書いた本人によると、今日、そこに行ったのだと言う。ぼくはそこで初めてその施設の名前を知った。仕事で訪れた時点では知っていたのだろうが、まるで憶えていなかった。ぼくはそのブログの主に、何時頃そこに居たのか聞いてみた。30分ほどそこに居たといい、そしてその時間は予想通り、ぼくが白昼夢?を見た時間とピタリ一致したのだった。

シスの逆襲

今日は定休日だった。天気もいいし、どこかに行きたかったが、数日前に急に機嫌の悪くなった店のパソコンを復旧しなければならなかった。安い部品をかき集めて作ったボロマシンながら、8年以上、ほとんど問題なく働き続けている。Win98と2000のデュアルブート環境なので、2000に問題が起きて立ち上がらなくても、Win98をブートして問題点を発見、解決、という楽なパターンだったのだが、今回はどうやってもダメ。考えるのがめんどくさかったので、ドライブをフォーマットし、まっさらな2000を入れることにした。データは常時専用ドライブに格納するので、バックアップはほとんど不要。フォーマットを終え、Win98のドライブに残ったゴミを掃除し、98を起動。ん?立ち上がらない。ディスプレイの暗黒画面に不吉な文字が浮かんでいる。
「boot.iniがありません」
どうやらぼくは必要なファイルまで削除してしまったらしい。お茶をいれ、パソコンに向かったままひとしきり考えた。マザーボードのBIOSを呼び出したものの、CDのブートには対応していなかった。とにかく簡単に済ませたかった。デュアルブート環境をゼロから構築するのはゴメンだ。とりあえず起動ディスクをドライブに突っこんで考えることにした。黒い画面に白い文字がノロノロ流れていく。ひらめいた。
「sysコマンドだ!」 ぼくは即座にキーボードをたたいた。
A:\>sys c:
暗黒の闇に、輝く文字が並んだ。まるでジェダイの騎士のように。
ガッチャガッチャと、フロッピーディスクが古臭い音を立てる。
真っ黒な画面に白い文字があらわれた。
A:\>sys c:
システムが転送されました.
うまくいった。ぼくは闇を映しつづけるディスプレィを見てつぶやいた。
フォースを信じるんだ。

擬態

061008_1散髪に行った。定休日が散髪屋さんと同じ月曜なので、休みの日には行けない。たいてい、日曜日の早朝に行く。散髪屋さんに着くと、入り口の階段にナナフシがいた。こいつは小枝のフリをして外敵から身を守るというインチキ臭い虫だ。いわゆる「擬態」というやつ。しかしぼくはちょくちょく、白い塀で、正々堂々と日向ぼっこしているナナフシと出会う。変な形をしていることもあって、激しく目立つ。
「バカ、擬態はどうした。食われるぞ」ぼくは指でこずいた。
擬態を忘れたナナフシ。うーむ、変だ。不思議だ。ナナフシギだ。