朝日のあたる家

今日から5月。5月といえば、なんとなくアレですね。なんだかミョ~にコンパスが狂ったような感じになって、不安定になる。いわゆる五月病、ですね。ぼくの場合、五月に限らず、一年中コンパス狂ってますけど。さっき、ヒマつぶしに古~い人生相談書を読んでましたら、次のような相談が載ってました。
この春、東大に合格し、上京しました。ところが五月病というのでしょうか、エロ本を見ても勃起せず、大学にも行かず、ひたすら三畳一間の下宿で呆けています。やっとの思いでこのハガキを書きました。巨匠、私に活力を授けてください。
(東京目黒区 呆太郎 19才)
回答者である某作家はこれに答えていわく
「とりあえず三畳をやめて四畳半に移ってみたら、どや」
たったこれだけ。でも、深い示唆を含んでいてハッとさせられます。こういう場合、高尚な精神論を説かれたところで具体的な結果は出にくいように思えるんです。ぼくは植物の世話をするのが好きなほうですが、植物はおかれた環境の影響をもろに受けるんですね。日陰がダメだったり、水をやりすぎると枯れたり。寒がりだからといって、室内においておくとダニにやられちゃう。ヒトだって、そう変わらないんじゃないかと思うわけです。植物はガマンなどできないから、環境が悪いとすぐに枯れちゃう。分かりやすい。つまり、ガマン強い人は注意したほうがいいですよ、という話です。ぼくは朝日の当たらない家に長く住んでいると、なぜか調子が悪くなる。もちろん、朝日が当たらないからって、死ぬわけじゃないけれど。ちなみに、朝日のあたる家に住んでます。

“朝日のあたる家” への2件の返信

  1. そーかー、なるほど、あきこさんらしいですね。植物は自我を持ちませんが、ヒトは自我を持っているので、自分にとっての環境とは、まず自分のカラダなんですよね。身の回りの環境は、その延長線上にあるといってもいい。そう考えると、自分の体を変えるのと同じ感覚で周囲の環境を変えるのは、とても自然なことのように思えます。

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