軽いのが好き

午前中、病院に行って心電図をとった。薬が効いているのか、心房細動もなく、良好、とのことだった。胸に巻いていたコルセットも、もう付けなくていい、とのことだった。
買い物を済ませ、家に帰り、食事を済ませた後で屋上に上がり、熱いコーヒーを飲んだ。ぼくは思いのほか疲れていることに気づいた。ぼくは思った。重いより軽い方がいい、と。


もっとも重い荷物というのはすなわち、同時にもっとも充実した人生の姿なのである。重荷が重ければ重いほど、われわれの人生は地面に近くなり、いっそう現実的なものとなり、より真実味を帯びてくる。 それに反して重荷がまったく欠けていると、人間は空気より軽くなり、空中に舞い上がり、地面や、地上の存在から遠ざかり、半ば現実感を失い、その動きは自由であると同様に無意味になる。 そこでわれわれは何を選ぶべきであろうか?重さか、あるいは、軽さか?

クンデラ 「存在の耐えられない軽さ」

むかしは網で取っていたが今はカメラで撮る

お昼前、いつものように近くの運動公園でお散歩。下ったところにある人工池で虫と遊ぶ。いつもは小学生たちが遊んでいるのだが、今日はだれもいない。動画はミズカマキリ。ぼくが狙っているのも知らず呑気に泳いでいる

必死に逃げようと暴れるのでピントを外してしまった

青い羽根のトンボ。チョウトンボかな。一昨日は飛んでいるギンヤンマの写真を撮った。オニヤンマは結構見かけるけど、ギンヤンマは久しぶり

バイバイ夏

水曜日の朝はここにいる。夏はぼくを残したまま去っていった

ヨッパライ某を病院に迎えに行った後は、いつものように一週間分のお買い物。肉の販売コーナーに、めずらしく豚のレバーがたくさん積んであったので、それを全部買い物かごに入れた。ちなみにレバーが好きなのは家族ではぼくだけ

大切なものは目には見えない

午前中、珈琲を2種類焼きました。毎回焼き方を少し変えてデータ取りをやっているのですが、今まで見えなかったものがやっと見えはじめた、という感じです。

お昼過ぎ、yokohama美少女がお嬢さんを連れて遊びに来ました。珍しく土産がまともだったので、ぼくが病人だというので気を遣ったのかもしれない、と思いました。

ネット上におもしろそうな記事を見つけると、それをコピーし、縦読みテキストに変換した後でクラウドにアップします。その時は読まないのですが、時間があるとき電子書籍リーダーに取り込んで好きな場所でコーヒー片手に読む。ずいぶん前からの習慣の一つですが、仕事を辞めた今、こういったいくつかの習慣が日々を充実させるのにずいぶん役立っているのに気づかされます。

屋根のないところで飲むビールはなぜウマいんだろうね、などと言いながら二人で乾杯

お昼時の公園は人影もまばらだった

朝食後、珈琲を3種類焼きました。上のグラフはブラジル・ドライオンツリーのプロファイル。今日焼いたのと、焙煎機を据えたばかりで操作に慣れない頃のものを二つを重ねてあります。濃い線が今日のものですが、ここで注目するのは一気に上昇したあと、なだらかに下っていく青い線。それぞれの動きがずいぶん違うんですが、出来上がりの風味もずいぶん違いました

焙煎を終え、近くの運動公園で散歩。暑いせいか人もまばら