10時過ぎ、伯母を連れて病院に行った。診察によると、骨粗しょう症は順調に快復に向かっているらしかった。バナナを食べたいということで、病院からの帰り、スーパーに寄った。買い物を終え、信号を右折し、坂のトンネルを抜けると雲ひとつない青空が広がった。
「最高のドライブ日和だね。からだの調子が良くなったら海に連れてってあげるよ」 ぼくは言った。
「ありがとう。でも、今はそういう気分にならない」
暗い声で伯母は言った。ケアハウスは某団地の坂の途中にある。荷台から車椅子をおろし、伯母をのせて部屋に連れて行った。
「今日はせっかくの休みのところをありがとう」
伯母はそう言って、ぼくに10000円くれた。一応、いらない、と言って、ありがたく頂いた。これで寿司でも食おう。
「むだ遣いしなさんなよ、カメラとかに」
ぼくはギョッとした。なんで知っているのだ。くそ、某O型高気圧系妹Y子め。
ケアハウスを出ると、ぼくらはその足で海に向かって走り出した。江口浜の某店のにぎり寿司定食はけっこうウマイ。某店はあいかわらずの混雑ぶりだった。ここはいつもジジババでごった返し、ムードに欠ける。ここでうら若い美しい女性に出会ったことがない。ぼくらは、にぎり寿司定食と本日のおすすめ「鯛のカマ炊き」を注文。このカマ炊きは、数え切れないほどのカマがピラミッドのように盛ってあって、食べるのに苦労した。4人分くらいの量だと思う。腹がふくれると、いつものように海に出て、ぼんやりと歩いた。ぼくはいつもぼんやり歩く。
しあわせを呼ぶクッキー
きょうは第三日曜日。
定休日だったけど、用があって、店を開けていた。
彼女は、今日、二番目の客として現れた。
ぼくは、彼女が今、不幸な状態にあることを知っていた。
「これなーに? これ、売ってるの?」
彼女はカウンターの木箱に並んでいるクッキーを見て言った。
「クッキーだよ、しあわせを呼ぶクッキー」
ぼくはそう言って笑った。
「そう」
彼女はぼくを見つめ、少し微笑んで
「じゃあ、全部ちょうだい」
彼女は残っていたクッキーを全部買っていった。
ぼくは少し心が痛んだ。
静かな夜
夜空。
月が出ている。オリオンが見える。
さらばオリオン。
ぼくは言った。
星空はしんとしていた。
数十年後、同じ夜空。オリオンは輝いている。
ぼくはもういない。
観照
今日も知らない言葉に出会った。やれやれ、ぼくには知らない言葉が多すぎる。それは「観照」という言葉。さっそく辞書を引いてみた。
1、智慧をもって事物の実相をとらえること。
2、対象を、主観を交えずに冷静にみつめること
3、美を直接的に認識すること。(美の)直観。美意識の知的側面の作用を表示する概念。
なんだかよくわからないけど、ぼくにとって大事な言葉のような気がした。特に「対象を主観を交えずに冷静にみつめること」という言葉が頭に強く残った。さっき、いつものように「風の旅人」のブログを読んでたら、田中一村のことが書いてあった。その記事を読んでいて、ふとさっきの言葉が思い浮かんだ。彼の作品は、一度、美術館で見たことがある。その時の印象はもう消えてしまっていた。この記事を読んで、もう一度彼の作品を見てみたくなった。奄美はここからそう遠くないし。
春は近い
昨夜は寒かった。店からの帰り、交差点で信号待ちをしていると、突如カーラジオのニュースが中断し、調子の外れた変な歌が大音量で流れだした。驚いてボリュームを絞ったものの、あいかわらず大きな歌声がする。何事が起きたか判断できず、うろたえていると、歌は車の後方から聞こえてくるのが分かった。振向くとそこに原付バイクがいて、男が狂ったような大声で歌っているのだった。信号が変わり、ぼくは直進し、バイクは左折した。
My Funny Valentine
かぜ気味
ヒモに近づく
ヒモになる素質がないともいえない。今朝、ふいにそう思った。とたん、雲間から日が射すように、なにか新しい希望が見えたような気がして、にわかに胸が躍った。自分の中にある、自分でもはっきり見えない洞窟の、門番気取りの、いやらしいゴム質の何かが、老衰か栄養失調に見舞われ、枯れてきているような気がした。ぜひそうあってほしい。願わくは死んでほしい。
確かと思える何か
選んだのはChet Baker Sings. ぼくの運転する車は前の車を次々と抜きながら坂を上っていく。薩摩半島を縦走するスカイライン。今日は月曜。ぼくの定休日。そして全国的に、何の日か知らないけど休日。どうやら風邪は治ったようだ。でも、頭はぼうっとしている。ぼくは雲に近い道を何も考えず、ただ走る。道のずっと先には空がある。空は一面、薄い雲に覆われている。いい天気とはいえない。でも、気分はいい。心は晴れている。最近、ぼくの心に空は映らない。ぼくの心は空に映る。そしてそれを見ているぼく。気がつくと、ぼくはハンドルを握っている。スピーカーからChet Bakerが流れている。坂を下って、湖を半周する。そしていつもの植物園に入り、ポケットに片手を突っ込んで、草や木の間を歩く。お昼過ぎ、ぼくらは植物園の南端にある林の中の東屋で昼食をとることにした。今日の弁当は、昨日お客様から頂いたリエット、今朝お客様から頂いたドイツ風パン、妹のダンナからもらった昨日まで堤防下数メートルを元気に泳いでいたアラカブのフライ。そして、朝ぼくが点てた熱いフレンチコーヒー。ぼくのしあわせは小さいから、すぐに消える。けれど、それはたしかなしあわせ。
ほどよく不便
明日は休み。天気も良さそうなのでドライブに行く予定。まだ風邪気味なのが気になるけど、ぐっすり眠れば明日の朝には良くなっているはずだ。ドライブには音楽が欠かせない。今風の人なら、カーオーディオにiPodをつないで音楽を楽しんでいると思う。ぼくはiPodを持たないので、5年前に買ったMDプレーヤーをカーオーディオにつないでいる。MDはiPodのように一度に大量の音楽を収納することはできないから、何枚かのMDを準備し、それを取り替えながらドライブすることになる。これはカーステレオがカセットテープだったころとほぼ同じ感覚だ。iPodと比べると、カセットテープはひどく不便な代物だ。今も思い出す。お気に入りのテープを探して、ダッシュボードやカセットケースをガチャガチャかき回していたあのころ。今思えば、その不便さがドライブの楽しさの一部だったような気がしないでもない。