十五夜

今日は第三日曜日で休み。
朝から思い切り晴れている。しかし、ドライブに行く気はない。
普段、平日に休んでいると、わざわざ人出の多い日曜日や祝日に出かける気がしなくなる。
だからといって、何もせずに家でうろうろするのもつまらない。
ふと、店のガスレンジが壊れているのを思い出した。
何度プロを呼んでも治らず、あげく、「これはハズレ品ですね」とサジを投げられた可哀想なレンジである。
いったん点火するものの、すぐ消えてしまう。おそらく、失火センサーの不具合だろう。
ぼくはドライバーを片手に愛情を持って修理を始めた。
センサーの不具合、それはつまり感じないか、感じすぎるか、である。
ぼくは感じるところを、つまりセンサーを優しくナデナデするところから始めた。
問題点を想像しながら調整すること約10分。
見事に着火するようになった。新品でもこうはいくまい、と思える完璧さでバシバシ着火する。
愛はレンジをも救う。

明日は定休日

今日はお客様が多かった。
「明日と明後日はココお休みでしょ?だから買いに来たのよ」
常連のお客様が口々にそうおっしゃる。
オープンして丸五年。思えば短いようで長かった。
やっと…やっと第三日曜日が定休日であることを憶えていただけたらしい。
うれしかった。

夢見る料理

326_1_1 ヒマだったので家から持ってきた料理の本を読むことにした。
きれいに装丁された厚い表紙の本。
どういう人たちがこの本を読むのだろう。
恐らく新婚の若妻か、結婚を夢見る妙齢の女性に違いない。
ぼくみたいな変なオヤジではなく。
ページをめくり、きれいな写真と料理法の解説を読み進むうちに、ふと切なくなった。
この本を一途に見つめる少女の姿が浮かんだ。それはすべての女性の中にある永遠の少女。そのひたむきなまなざしがぼくを切なくさせた。自分ではなく、相手の喜ぶ姿に幸せを感じる、健気で内気な少女。
というのはぼくの勝手な想像です。

アルデンテ

男だったら一度はスパゲティーの茹でかたに狂うのではないだろうか。
1970年代、ぼくの青春はメタンガスのように無気力に広がっていた。その座標も方位もない不確かな世界に、ある日一つの数値が示された。ぼくの青春に深くかかわっていたのは料理だ。中学時代、ぼくの作る料理を食うために家に来る友達も少なくなかった。料理と言ってもたいしたものではなく、玉子焼き、お好み焼き、焼きソバ、焼き飯、ラーメン、などである。もちろん、スパゲティーもあったが、それは細いウドンにケチャップで赤色をつけただけの代物だった。そのころ読んだ伊丹十三著「女たちよ!」に、その数値は示されていた。12分。スパゲティーは12分茹で、わずかに芯が残る状態で取り出す。これをアルデンテと呼ぶ。ぼくはさっそくスーパーでスパゲティーの乾麺を買い、時計を睨みつつ慎重にスパゲティーを茹でたのだった。以降、それを供されるようになった友達からは尊敬のまなざしで見られるようになった。当然である。彼らの家では赤いウドンがスパゲティーだったのだから。

忘れてしまいたいことばかり

晩ごはんはテンプラだった。
タネは、先日蓬莱館で買ってきたヒゲナガエビ、コウイカ、自家製ピーマン、キビナゴ、そして頂き物のミョウガであった。
ミョウガは大の好物なので、ぜひとも自分で栽培したいと思っている。
ぼくは知らなかったのだけど、時々お店にいらっしゃる「田園ぶらぶら写真館」のロギさんによると、ミョウガはショウガ科の植物で、食するのは花の部分なんだそうだ。そして、地下茎でどんどん増えるのだという。
どんどん増えるなら庭に植えたい。欲しい。ぜひとも欲しい。ロギさん、ズダ袋に入れて持ってきてよ。

田園ぶらぶら写真館

ぼくだけが知っている

以前、「スパイダーマン」という映画がヒットしたが、クモが嫌いな方は複雑な思いであの映画を観たのではないだろうか。いや、観なかったかもしれない。
数日前の深夜、ぼくは寝る前に2階のトイレに入った。TOTO製の便器はいつものように清澄な水を湛え、深い森の湖のように静まり返っていた。が、その湖面には見なれぬ妙な物体が浮いていた。それはクモの抜け殻だった。かなり大きい。抜け殻があるということは…ぼくは天井を見上げた。抜け殻の主は引力を無視してスリ硝子の照明に逆さまに張り付いていた。脱皮したばかりの体は透き通り、神秘的な美しさが彼女を包んでいた。ぼくはしばらく見とれていたが、用を足すと、そのままトイレを出た。ぼく以外の家人はクモが大の苦手だ。もしかすると一騒動起きるかもしれない。翌日の夜、トイレに入って見上げると、彼女はまだそこにいた。体がまだ固まらないのだろうか。ぼくはそのままにしておいた。それにしても家人は誰も気づかない。翌日、彼女は壁に降りてきていた。ちょうど目の高さだ。このままでは騒動が起こる。失神者が出る可能性もある。ぼくは窓を開け、彼女を外に出した。

台風一週間目

323_1 今日は定休日。空は青空、いい天気。
ドライブに出かけようと思ったけど、先週の台風でベランダに落ち葉が積もっている。ぼくはホウキとチリトリを持って掃除を始めた。
すると、すぐにネコが寄ってきて邪魔をはじめた。
このまえ、ぼくから下駄で足を踏まれ、ギャッと叫んでどこかにすっ飛んでいったのに、もう忘れてる。記憶力ゼロ。でも、考えてみれば、そのほうが幸せかもしれない。掃除が終わって腹が減ったので、東市来の蓬莱館に行くことにした。最近、魚料理は笠沙に出かけて食べてたので、ここは久しぶり。あいかわらず高年齢の客が多く、順番待ちだった。お味のほうは少々?マークが付いた。多かったせいかな。魚売り場で、捕れたてのヒゲナガエビとコウイカのゲソを買った。今夜の晩飯はエビのペペロンチーノに決めた。
うまそうに見えないけど、写真はぼくが作ったエビのペペロンチーノ。
これはうまい。一皿1,200円也、で飛ぶように売れる!と、確信できるデリシャスな味だった。

ショートケーキ

昨夜、店の帰りに近くのケーキ屋さんでショートケーキを七個買った。
ぼくはショーウインドウに並べられた色とりどりのケーキを、左から右に各一個ずつ買う。
例え、その中に特にうまそうなのがあっても、やはり一個ずつだ。
今日、妹からケーキをもらった。
ショートケーキ。
箱を開けてみると、全部同じケーキだった。ちなみにオシャレなバナナケーキ。
兄妹だから分かるのだが、多分、彼女はこう思うのだろう。
全部同じじゃないと、取り合いになってケンカが起こる、と。
自分がそうだからといって、人もそうだとは限らないんだけどね。

チョコレート

318_1 一服しようと、チョコレートを取り出しかけてたところに人妻Fが豆を買いに来た。
彼女は古い友人Fの女房である。
仕方なく、「チョコレート食べる?」と聞いてみた。
「食べる!」と言うので、チョコの箱を彼女の前に出し、「パインとイチゴとメロンとバナナがあるけど、どれがいい?」と聞いた。
「えーと、えーと…」
そんなに一生懸命考えることじゃないでしょうが、とぼくが思っていると、
「イチゴとパイン!」
といった。
げ、二つ選んだ。と思ったけど、顔には出さずにそれを上げた。
ところで、ルックチョコにはアーモンドも入ってたんだけど、なくなったのだろうか。

スポットライト

今日もI氏はやってきた。ただ、いつもと違うのは、その様子が甚だ疲れていることだった。
彼がカウンターに座ると、どこかでスポットライトが点り、その疲れた顔を浮かび上がらせた…ように見えた。
そう、彼は物語の主人公としての素質がある。いや、彼は言うだろう。人生とは自分が主人公の物語である、と。
小道具…熱い珈琲が彼の前に置かれた。
しばらく彼は闇を湛えた白いカップの中を覗きこんでいた。