第三日曜日で休み。お昼過ぎ、Nさんちに遊びに行った。Nさんちは、ぼくの家から見ると南に位置している。これはどういうことかというと、地球儀を見ればすぐわかることだが、下のほうにあるということである。下にあるということは、下り坂をチャリンコで降りるような気分で行けるということだ。物理的には間違っているかもしれないが、心理学的にはそうなっていると思う。少なくとも、ぼくにはそうだ。高速道路で行くと近いのだけど、山道を選んで二倍くらいの距離をかけて辿り着いた。これも大事なことである。住宅を設計している人なら理解しやすい。ファサードに属するアプローチ設計の問題だ。いや、もっと簡単に言うと、東京に行くのに飛行機を選ぶか夜行列車を選ぶかの問題である。飛行機を選ぶと、体が東京に着いても、心はまだ広島あたりをぐずぐずしていたりする。少なくとも、ぼくはそうだ。心と体がひとつになって、N邸に到着。ここまで辿り着くのにずいぶん紙面を浪費してしまった。というわけで、
中略
内容の濃い、芳しく(シンナーが)有意義な一日であったと思う。
ボタン
ズボンのボタンが取れた。
いつもなら家人にお願いするのだが、ひまがあったので自分で付けることにした。
何年ぶりだろう。
結婚して以来、一度もやった覚えがない。
とにかく始めてみた。
糸を通すのにずいぶん難儀した。
針の穴って、こんなに小さかったっけ。
やり始めたら、手が憶えていた。
完成。
やりかたに間違いがなかったかネットで調べたら少し違っていた。
役に立たない能力
朝一番にいらしたお客様。彼女と会うのは二ヶ月ぶりだった。
けさ、ベッドから起き上がった瞬間、脈絡もなく彼女の顔が浮かんだ。朝、起きがけにふっと頭に浮かんだ人と、その日なんらかの形でかかわることがよくある。また、初めて会った人と話していて、あ、ぼくはこの人の誕生日を知っている、と思うこともある。聞いてみると、ぴったり一致する。大変驚かれるのだが、種も仕掛けもない。調子に乗って「誕生日を当ててみましょうか?」などと言って、当てようとするとさっぱり当たらない。ちなみに、うちの店では「あなたは水瓶座でしょう」というと、かなりの確立で当たることになっている。
コロッケ
ばんごはんのおかずはコロッケだった。
という日記がここにあったのですが、後で読んだら頭痛が痛くなったので消しました。もし、ぼくと同じ目に合われた方がいらしたら、深くお詫び申し上げます。ちなみに今夜(17日)の晩ごはんは、とうふ横丁の豆腐が入った豆乳鍋です。
Wednesday
朝から雨が降っていた。
大滝詠一の「雨のウェンズデイ」が店で流れているとき、黒いドレスの女性が入ってきた。
「懐かしい曲ですね」
彼女は静かにそういった。ドラマはこうして始まることもある。
ある晴れた日、空に一切れの黒雲が流れてくる。
やがて空は雲に覆われ、風が吹き、雨が降り出す。
傘がない
まるで魔法をかけられたようにみえる。
「考え方がどんどん狭くなって辛いのです」
初老の科学者は見えないボールを手ですぼめるような仕草をしながら微笑んだ。
トレードマークだった磊落な笑いは消えうせ、なにかに怯えているような目つきでぼくを窺い見る。
交通事故をきっかけに精神を病んでしまったそうだ。
暗い魂の奥からおびただしい数の触手が伸びてきてぼくにまとわりつく。それほどに救いを求めている。
しかしそれはぼくの一言で瞬時に引っ込んでしまう。
雨に濡れながら歩いている人に傘を差してあげられない。
謝るのもおかしな話だが、本当にどうしようもない。
山並み
カーテンを開けるまでもなく、今日がすばらしい天気だということが分かった。プランク恒数をあらわした物理学者の寝室が東向きだったかは知らない。しかしどうだ、今日の朝の光は。まるでカーテンを押し退けようとしているように見える。
今日は定休日。天気は極上。風もない。用事もない。据え膳食わぬは男のハジ、と、飲んだ上司が顔を赤らめて言っていたのを思い出す。と、いうわけで、さっそく湯を沸かし、ポットにコーヒーを詰めた。放射冷却のせいで寒い朝だった。まず、指宿の例の温泉に進路を定めた。信楽焼の湯船に浸かって空を眺めると、青一色の空でトンビが円を描いていた。温泉は山すそにあるから上昇気流が発生している。たちまち彼は風に乗って黒い点になった。一応、今日の目的は決めてあった。フラワーパークで桜を見る。桜を眺めながらコーヒーを飲む。桜の名前は「伊豆の踊り子」。変な名前。桜を見て、レストランで食事をとり、帰りに千貫平PAに寄って珈琲を飲んだ。遠い山並みを飽きもせず見つめていた。ヘミングウェイの「白い象のような山並み」での二人の会話がふと浮かんだ。
サボテンの花
天気のいい日曜日。ぼくは仕事。
それは悲しいようで、やはりうれしい。
見かけ上、しあわせは相対的なものである。
うれしい人に囲まれると、悲しそうにみえる。
まわりが利口そうなヤツばかりだとアホに見える。
こんなことを書くと、あたまが日曜日だと言われる。
日曜日だから、これでいいのである。
冬、天気のいい日曜日の朝は、この曲をかける。
それはチューリップの「サボテンの花」
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ほんの小さな出来事に 愛は傷ついて
君は部屋をとび出した 真冬の空の下に
編みかけていた手袋と 洗いかけの洗たくもの
シャボンの泡がゆれていた
君のかおりがゆれてた
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「シャボンの泡がゆれていた」
この一言で、ぼくの気持ちは冬の晴れた日曜日になる。
アスファルト
Booon
臆面もなく深刻ぶった話は続く。
きっと、冬のせいだろう。
決して、自分のせいにしないところがぼくらしい。
冬になると微熱が出るのである。
そういうことにしておいて欲しい。
海の上を飛び続ければ、いつか海に落ちる。
谷を飛べば山にぶつかるかもしれない。
冬は落ちることばかり考えている。
おそらくぼくは病気だ。
そういうことにしておこう。それが答えだ。
おかげでぼくは低空飛行がうまい。


