ぼくだけが知っている

以前、「スパイダーマン」という映画がヒットしたが、クモが嫌いな方は複雑な思いであの映画を観たのではないだろうか。いや、観なかったかもしれない。
数日前の深夜、ぼくは寝る前に2階のトイレに入った。TOTO製の便器はいつものように清澄な水を湛え、深い森の湖のように静まり返っていた。が、その湖面には見なれぬ妙な物体が浮いていた。それはクモの抜け殻だった。かなり大きい。抜け殻があるということは…ぼくは天井を見上げた。抜け殻の主は引力を無視してスリ硝子の照明に逆さまに張り付いていた。脱皮したばかりの体は透き通り、神秘的な美しさが彼女を包んでいた。ぼくはしばらく見とれていたが、用を足すと、そのままトイレを出た。ぼく以外の家人はクモが大の苦手だ。もしかすると一騒動起きるかもしれない。翌日の夜、トイレに入って見上げると、彼女はまだそこにいた。体がまだ固まらないのだろうか。ぼくはそのままにしておいた。それにしても家人は誰も気づかない。翌日、彼女は壁に降りてきていた。ちょうど目の高さだ。このままでは騒動が起こる。失神者が出る可能性もある。ぼくは窓を開け、彼女を外に出した。