ローカルニュースを締めくくったあと、ラジオはこう言った。「明日の予想最高気温35度」
アナウンサーの声に同病相憐むような調子を感じ取ったぼくは思わず笑ってしまった。
暑い日が続いている。
悪くない、と思う。
関係ないかもしれないが、ぼくはサウナの中に相当長い時間居ることができる。
先日ホテルのサウナ室から出た後、近くの水風呂にとびこんだ。
見過ごしていたのだが、風呂の壁に大きな札がかかっていた。
「海洋深層水ブレンド、水温16度」
ぼくの体は液体窒素の桶に投げ込まれたマグロのような按配になった。
誰も入らない理由がわかった。
近くに居たオッサンが尊敬のまなざしでぼくを見ていた。
海を見ていた午後
今日は月曜なので店は休み。
ところで今日は「海の日」という祝日であった。
どうでもいいことだが逆さに読むと「ヒのウミ」。
たいてい、休日は海が見えるところに遊びに行く。しかし、海の日に海に行くのは国粋主義的マヌケオヤジがすることのような感じがして、これはまずい。
というわけで、何事にもこだわるフリをするぼくとしては今日だけは海に行くわけにはいかないのだった。
というのはウソで、今日は某お客様が美術館に作品を出展してるので見に行くことにしているのだった。
美術館は凪いだ海のように静かであった。絵を見ながら歩いていると、ムソルグスキーのあの曲が頭の中を流れはじめた。
連想は交響詩「海」を呼び、いつのまにか青い海を眺めているぼくを絵の中にみつけた。
夜祭
夜が始まった。午後7時半。あたりはまだ少し明るい。
店を閉め、車で帰るいつもの道すがら、小さな六月灯にでくわした。
7月なのに六月灯。鹿児島の夜祭だ。
車のスピードを落とし、ずらりと並んだ夜店の見世棚に目を走らせた。
手前の店ではプラスチックのフィギュアが所狭しと並んでいる。
街のおもちゃ屋に並んでるときにはまるで精彩を放たないであろうフィギュアも蛾や夜虫の舞う白熱灯の下では妖しい光と陰を表情に宿し、今にも動き出しそうに見える。
六月灯。倦怠期を迎えた恋人たちにお勧め。
琥珀
閉店間際、仕入先の若いニィちゃんがやってきた。
彼は日本人ドミニカ移民の2世。当店の人気珈琲豆「田畑農園」の生豆は彼の会社から仕入れている。
「明日、こんなものが入ってきますよ」カウンターの椅子に腰かけるなり、彼は大きな封筒から一枚の紙切れを出した。
紙面には「赤外線を当てると青く輝く琥珀」と書いてあるだけで、もったいぶって封筒から出すほどのものじゃない。
しかし、ぼくの興味は大いにそそられた。
なぜなら、琥珀はその生成上きわめて保存状態のよい小動物の化石をふくんでいることがある。
マイケルクライトンの「ジュラシックパーク」はそこに着目して出来上がった小説だ。
「虫が入ってるのを探して持ってきてくれ」ぼくはポケットをたたいて見せた。
(ポケットには大金が入っている…フリ)
じゃあ原石を持ってきます。虫が入ってるのもあると思いますよ、と彼は言った。
ドミニカ…ぼくの頭には琥珀の産地としてインプットされている。
珈琲も最近仲間入りしたが。
シャッフル
やさしそうに見えるおじさんは本当にやさしいのか。
きれいな女性は、中身もきれいなのか。
映画を見終わってレコーダーの停止ボタンを押すと放送に切り替わり、
近日放送予定番組の解説を監督らしい中年男がしゃべりだした。
>やさしそうに見えるおじさんは本当にやさしいのか。
ぼくの答えはこうだ。
やさしそうに見えるおじさんはスケベなだけである。
>きれいな女性は、中身もきれいなのか。
おろかな設問である。
裏技
沖縄に遊びに行ったのが、ちょうど一週間前。
帰ってきて以来、毎日の日課のひとつをサボりつづけている。
それは体重計にのること。
沖縄では食いすぎた。もちろん沖縄料理が好きなせいもあるが、
なによりもホテルのバイキングがよくない。
毎度のことながら、元を取ってやろうというケチな根性が災いし、食いすぎてしまった。
体重計にのると悲しくなるのは必至なので「そろそろ体重も減ったかな」
と、思えるころ、のるのである。
見えないはずのものが見える夜
昨日は、3連休を取ったシワヨセで店が忙しく、帰宅後もたまった作業を消化するため、睡眠時間がわずかしか取れなかった。
ぼくは今夜もパソコンに向かっていた。ふと見るとノートパソコンのフチをアリが行列を作って移動している。
ぼくは飛び上がった。
が、それは幻覚だった。
まずいと思い、パソコンを閉じて風呂に入った。ひどく疲れているのだ。
風呂から上がって、廊下に出ようとすると、足元を猫が走っていった。
風呂場に逃げ込んだと思い、風呂場を探したが、何もいなかった。
これも幻覚だろう。
トイレに向かい、ドアを引いた。ねずみのような小さな黒い物体がトイレから走り出た。
これも幻覚。
放電
たったの2泊3日だったけど、思い切って旅に出た。
その効果は十分あったと思う。
充電電池は完全に使い切らぬまま充電を繰り返すと次第に浅い充電しか出来なくなる。
深い充電をするためには、完全に放電させなくてはいけない。
今回の休みがそんな感じだった。
仕事で完全に放電するのはケッコウ難しいが、遊びだと簡単だ(笑)
よく遊び、食べ、笑った。とても疲れた。
7月
今日から7月。
夏が始まったという実感が湧いてくる。
「ひまわり、夕立、蝉の声」
これは吉田拓郎の「夏休み」という曲の一節だ。
ここ鹿児島では六月灯という夜祭が始まる。
今年はどんな夏になるだろう。
吸血鬼の夜
酒が切れた。
ぼくは寝る前に酒を飲む。
ここのところ、お気に入りはカンパリである。
まず色がいい。
動脈血を薄めたようなきれいな赤。はるか昔、ぼくが吸血鬼だったころを思い出す。
わけがないが、この輝ける赤は、その昔、夜が危険であったころの記憶を呼び覚ます。
夜はいざなう。吸血鬼は処女の生き血を吸う。
思い当たる方は、夜、出歩かないように。