ぼくだけが知っている

以前、「スパイダーマン」という映画がヒットしたが、クモが嫌いな方は複雑な思いであの映画を観たのではないだろうか。いや、観なかったかもしれない。
数日前の深夜、ぼくは寝る前に2階のトイレに入った。TOTO製の便器はいつものように清澄な水を湛え、深い森の湖のように静まり返っていた。が、その湖面には見なれぬ妙な物体が浮いていた。それはクモの抜け殻だった。かなり大きい。抜け殻があるということは…ぼくは天井を見上げた。抜け殻の主は引力を無視してスリ硝子の照明に逆さまに張り付いていた。脱皮したばかりの体は透き通り、神秘的な美しさが彼女を包んでいた。ぼくはしばらく見とれていたが、用を足すと、そのままトイレを出た。ぼく以外の家人はクモが大の苦手だ。もしかすると一騒動起きるかもしれない。翌日の夜、トイレに入って見上げると、彼女はまだそこにいた。体がまだ固まらないのだろうか。ぼくはそのままにしておいた。それにしても家人は誰も気づかない。翌日、彼女は壁に降りてきていた。ちょうど目の高さだ。このままでは騒動が起こる。失神者が出る可能性もある。ぼくは窓を開け、彼女を外に出した。

ショートケーキ

昨夜、店の帰りに近くのケーキ屋さんでショートケーキを七個買った。
ぼくはショーウインドウに並べられた色とりどりのケーキを、左から右に各一個ずつ買う。
例え、その中に特にうまそうなのがあっても、やはり一個ずつだ。
今日、妹からケーキをもらった。
ショートケーキ。
箱を開けてみると、全部同じケーキだった。ちなみにオシャレなバナナケーキ。
兄妹だから分かるのだが、多分、彼女はこう思うのだろう。
全部同じじゃないと、取り合いになってケンカが起こる、と。
自分がそうだからといって、人もそうだとは限らないんだけどね。

チョコレート

318_1 一服しようと、チョコレートを取り出しかけてたところに人妻Fが豆を買いに来た。
彼女は古い友人Fの女房である。
仕方なく、「チョコレート食べる?」と聞いてみた。
「食べる!」と言うので、チョコの箱を彼女の前に出し、「パインとイチゴとメロンとバナナがあるけど、どれがいい?」と聞いた。
「えーと、えーと…」
そんなに一生懸命考えることじゃないでしょうが、とぼくが思っていると、
「イチゴとパイン!」
といった。
げ、二つ選んだ。と思ったけど、顔には出さずにそれを上げた。
ところで、ルックチョコにはアーモンドも入ってたんだけど、なくなったのだろうか。

スポットライト

今日もI氏はやってきた。ただ、いつもと違うのは、その様子が甚だ疲れていることだった。
彼がカウンターに座ると、どこかでスポットライトが点り、その疲れた顔を浮かび上がらせた…ように見えた。
そう、彼は物語の主人公としての素質がある。いや、彼は言うだろう。人生とは自分が主人公の物語である、と。
小道具…熱い珈琲が彼の前に置かれた。
しばらく彼は闇を湛えた白いカップの中を覗きこんでいた。

遊んで暮らす

313_1 「Nさんは、もう仕事やめても大丈夫だね」と、いいながら、娘が食堂に入ってきた。
娘は店に置いてあった衆議院総選挙のポスターを見てそう言ったのだった。
広告の仕事をやっているN君が毎月届けてくれる手製カレンダーに、そのポスターは同封してあった。
ポスターの中央に「コンペに勝ちました、○,○○○万円也!」と走り書きしてある。つまり、彼の作った選挙広告が採用され、○,○○○万円の売り上げがあった、ということなのだった。
娘はその売り上げのほとんどが彼の財布に入ると思ったのだろう。やれやれ、うらやましいくらいシンプルな思考回路。それに、仮に○,○○○万円の金が手に入ったとして、果たして残りの人生を遊んで暮らせるものかどうか。
ちなみに、この広告に出てくる人相の悪い人たち(笑)は枕崎のARTSというスカバンドだそうです。

風とともに去りぬ

セミの声がやんだ。
店の駐車場には数本のケヤキが植えてある。
そこがセミのたまり場になってて、つい数日前まで毎朝狂ったように鳴いていたのだが。
今朝気づいた。
静かである。
しんとしている。
思えば少しうるさかったが、案外いいやつだったように思う。

暴風雨

台風14号は薩摩半島の西海上をのんびり北上中である。
2階の窓から見る限り、さほど風雨は強くないようだ。
しかし、ニュースによればデパートや大型ショッピングセンターは軒並み休業とのこと。
というわけで、うちの店も休むことにした。わ~い、うれしいなーっと。
と、いっても、うちの中ではすることがあまり無い。
仕方ないので暇つぶしにこのブログをバージョンアップしてみた。
(中略)
いつの間にか午後になっていた。何もしなくても腹は減る。
しかし食料がない。近くのスーパーも休業なのだった。
ぼくは戸棚や冷蔵庫にあるもので何か作ることにした。
見つかったのはスパゲティーの麺、ホールトマト、ピーマン、シイタケ、ニンニク、たまねぎ、ベーコン… オーケー、これだけあればうまいスパゲティーが作れる。
と、ぼくは冷蔵庫の野菜室にねじけた巨大キュウリを発見。が、よく見るとそれは痩せたヘチマなのだった。そうだ、ズッキーニの代わりにこれを入れよう。
ソースを煮込む際、某女流芸術家からいただいたローリエも数枚入れた。
完成。暖めた皿に湯気の立ち上る麺を盛り付け、ソースをぶっかける。
BGMはJanet SeidelのThe Moon Of Manakoora。
おー!これは絶品であった。
ヘチマのスパゲティー一皿800円也。で十分に売れると確信したのであった。
お、またどうでもいいことを書いてしまった。

定休日

303_1 今日は休み。どこかに行きたい。
しかし、台風のせいで天気が悪い。
お昼ごろ、買い物に出かけていたヨッパライ某からメールが来た。
「スーパーに来ているけど、いるものある?」
ぼくは条件反射的にあるものが浮かんだ。台風といえばコレなのである。
「チキンラーメン」と、思わず書いて送った。
そんなわけで、ぼくの昼ごはんはチキンラーメンにタマゴをのせたワビシイものになってしまった。
夕方、ビデオを借りに出かけたヨッパライ某にメールを送った。
「以下のCDを借りてきてください。マントヴァーニ・オーケストラ「今宵の君は」という曲が入っているアルバム。無ければベストアルバム。パーシーフェイス・オーケストラ「夏の日の恋」という曲が入っているアルバム。無ければベストアルバム。フランク・プゥルセル「ミスター・ロンリー」という曲が入っているアルバム。無ければベストアルバム」
返事は来なかった。
帰ってきてヨッパライ某は言った。「なかったよ」
ヨッパライ某はいつもツタヤの店員にぼくが送ったメールを見せ「これ」といって借りてくる。
今日は間違って、ひとつ前のメールを見せてしまったそうだ。
「チキンラーメン」

台風14号

台風が近づいてきた。
今度の予想コースは鹿児島市にとって、かなりアブナイ。
危険なのは左フック。
コイツを食らうと、風が強く吹く。よって、被害も大きくなる。
明日は休みだ。
台風が来るのはあさって。
このままだと明後日も休むことになるかもしれない。

流星

風が強いのは、わが家が高台のがけっぷちに立っているせいだ。
ぼくはいつものように屋上のテーブルに寝転がって星を見ていた。
逃げるように雲が流れていく。台風が近づいているから。
雲の切れ間から星が見え、思い出したように流星が飛ぶ。
ぼくは訳の分からない口笛を吹いている。
ぼくは酔っている。FourRoses.安いバーボン。