ひまだったので駐車場の陽だまりで珈琲を飲んだ。陽光を浴びたアスファルトがとてもきれいだ。むかしバイクで転んだ。アスファルトのくずが肌に残っている。アスファルトに映る赤いテールランプ。ビルの窓から見下ろしていた雨のアスファルト。色とりどりのクラゲが揺らぎながら流れていく。珈琲を飲みながら思い出すアスファルト劇場。
Booon
臆面もなく深刻ぶった話は続く。
きっと、冬のせいだろう。
決して、自分のせいにしないところがぼくらしい。
冬になると微熱が出るのである。
そういうことにしておいて欲しい。
海の上を飛び続ければ、いつか海に落ちる。
谷を飛べば山にぶつかるかもしれない。
冬は落ちることばかり考えている。
おそらくぼくは病気だ。
そういうことにしておこう。それが答えだ。
おかげでぼくは低空飛行がうまい。
自己嫌悪
ごみだめの横で子猫がないていた。
とおりかかった女学生が足を止め、かがみこんで、頭をなでる。
子猫はかわいいから、拾われていく。
しあわせな猫。
数日前の寒い夜、店の近くで見た猫はひどく見苦しかった。頭の毛は抜け落ち、片目はつぶれ、悪魔のような低い声でないていた。
こういう猫は、なかなか頭をなでてもらえない。
かわいそうな猫。
目が悪く、耳の悪い人が頭をなで、連れ帰る。
見える人には隠されてしまうものがある。
持っていると見えなくなる大切なものがある。
失うことで得られるものがある。
せつない朝
寝ぼけマナコで家を出た。
車は東向きのガケに沿って下っていく。
遠くの山々まで見渡せる、見晴らしのいい道だ。
ラジオをつけると「青春の輝き」が流れ出した。
カーペンターズ。今は亡きカレンの声。
その時にわかに雲が開け、車は朝の光に包まれた。
不意打ちを食らったように、せつない気分がこみあげてきた。時間が止まり、カレンの笑顔がフロントガラスいっぱいに広がった。
涙が出そうになった。
ぼくも年をとったようだ。
古いワインの澱が揺さぶられ、舞い上がる。
それは小さな瓶の中の出来事。
ひきだし
時々箪笥の夢を見る。その夢の中で、ぼくは子供だ。六畳ほどの暗い部屋に置いてあるその箪笥には、引出しが数え切れないくらい付いている。ぼくは誰も来ないのを確かめながら、次々と引出しを引く。そういう夢を時々見る。引いてはならない引出しがある。
目の前に人がいる。それは引出しのたくさん付いた箪笥。ぼくは気をつけながら引出しを引いている。
つもりなんだけどな~(笑)
種を蒔く男
日曜の夜は今週の終わりだ。
もしかすると今週を振り返って反省してる人もいるだろう。
ぼくはいないと思うけど。
しかし、今週は疲れた。仕事ではなく。
かくして、ぼくは次のような言葉を耳にすることになる。
「自分で蒔いたタネでしょうが」
なんという建設的な言葉だろう。
種を蒔く。いい言葉だ。
朝の風景
今朝は寒かった。
車を暖機してる間、道路で朝日を浴びていたら、太陽を背にして一台の自転車が走ってきた。
前のバスケットに犬を乗せている。
かなりのスピードで目の前を通り過ぎていった。
自転車が小さくなっていくのを見ながらぼくはつぶやいた。E T
トウカイリンさん
今朝もラジオを聞きながら車を走らせていた。
パーソナリティが、「トウカイリンさんからのお便り…」といい始めて、こう付け足した。「東、海、林と書いて、この方はトウカイリンさんとお読みするんですね。前回、『ショウジさんではないのですか?』というご質問がたくさん寄せられたのですが、大丈夫、この方はトウカイリンさんでいいのですよ~」
ぼくはトウカイリンという名を何度か耳にしてたので気にならなかったのだけど、わざわざ放送局に問い合わせるヒマな人が、しかもたくさんいると知って、なんだか急に疲れが出た。そのままラジオを聞いてると映画紹介コーナーが始まった。映画評論家らしい女性と電話がつながり、紹介された映画は、まだ公開されてないという邦画だった。「この映画は、グンヨウコさんの原作で…」電話の声が話しはじめた。おや?グンヨウコって、群ようこのことかな?ぼくは今まで、ムレヨウコ、と信じていたのだった。気をつけないといけないな。ぼくは急に不安になった。ぼくは読み間違って憶えている漢字が多い。電話の向こうの声がひとしきりしゃべったところで、パーソナリティが言った。「あ、ムレヨウコさんですね」パーソナリティは話が淀まないようにさらりと訂正し、先を促した。うまいな、と思ったが、ぼくは一段と疲れてしまっていた。
洗濯日和
いい天気になってきた。空気も澄んでいる。
こんな日はズックの靴を洗い、お天道様で乾かしたい。
できたら脳みそもきれいに洗って風にさらしたい。
ヒモの夢
女性が男性に向けて書いた文章を読んでいると、どういうわけか、あるものが頭に浮かんでくる。歯磨粉をチューブから出すのに力がいるように、文章も混沌から形を成して世に現れるには相当のエネルギーが要る。絶えずゆれ続ける揺りかご。揺りかごをゆする手。そのエネルギーはどこから来るのか。女性が男性に向けて書いた文章の行間には、揺りかごをゆする手の痕跡がみえる。
ぼくは今日も揺りかごにゆられて、なれもしないヒモの夢を見る。