聞き古したレコードをターンテーブルに載せる。
それは、ずいぶん長い時間、休みなく回り続けた。
いつもと寸分変わらぬ動作で、ぼくは静かに針を降ろす。
スピーカーから、いつもの音楽が流れ出す。
今日は定休日。
ドライブはそのようにして始まった。
冬の海。海に面したレストラン。だれもいない。
ぼくはもう知っているのに。
ぼくは同じことを何度も繰り返す。
何も変わらない。答えは出てしまっている。
同じ箇所を永遠に繰り返す
古いレコード。
悪いね
ぼくはタイクツが嫌いだ。
日曜日、お店は案外タイクツである。特に、朝から天気が好いと、心理学的にタイクツになることが多い。心理学者の河合隼雄もそういっている。かもしれない。一方、脳科学者、茂木健一郎は、タイクツは脳に必要な状態の一つ、といっている。ような気がする。ナニかを懸命に考えている最中には、ヒラメキは起きない。その集中から開放された状態になって、すばらしいヒラメキが起こる、というのである。つまり、脳に「ゆとり」が生じた状態、つまりタイクツな時に、それまで脳にインプットされた情報の処理結果が素晴らしい完成度でアウトプットされるのだ、と。
実は、こんなタイクツな話はどうでも良いのである。
ぼくはタイクツが嫌いだ。という話なのだ。で、どうするか。
あらかじめ、ひまそうなヒトにメールしておくのである。
「店に遊びに来ないケ」と。
タイクツを未然に防ごうというわけだ。
これは予防医学という観念の応用に過ぎない。
P.S.
今年、ぼくのタイクツを救ってくださったステキなMy Friendsのみなさん、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
年末っぽい
なんだかピンと来ないのだけど、いよいよ今年も終わりらしい。お客様の数は、いつもとそう変わらないのだが、年末年始の休みに備えて、ふだんの倍くらい豆を買っていかれる。そのせいで、昼過ぎには、いくつかの豆が売切れてしまった。明日からは多めに豆を焼かなくては。
と、いうわけで、ここで年末年始の休日の案内。
年内は29日(金)まで。明けての営業は5日(金)から、です。
よろしくお願いします。
見えないもの
仕事のあいまに、先日ネットで購入した「風の旅人」を読んでいる。ページをめくっていて、写真に目が釘付けになることがしばしば。ページをめくる手が止まる。感動しているわけだが、その理由が分からない。でも多分、それは言葉にしない方がよいのだと思う。整った言葉に置き換えて納得してはいけない。言葉にすると、大切なものが漏れ落ちる。逆説的だが、大切なものは目に見えない。
air pocket
冬至の前後に起こる落下については毎年のことだし、慣れたものだ。原因は空の様子とか風、気温、など、森羅万象に強く係わっている。すべてをのせた渦が静止し、ゆるやかに逆転を開始する。冬至の前後、ぼくは低空飛行をイメージしながら落下に備える。高度を保つためのエンジンにはエネルギーを送り続ける。
音楽、写真、絵画、詩、海。
そしてDance!Dance!Dance!
冬至だけど
今日は書きたいことが何もないようだ。
黒いシャツ着て
どこか翳のある人、を、シブく演じたいと思っているのに、なかなかそのようにならない。先日、ズボンを買ったついでに黒いシャツを買ったのだが、これを着ていると、
例えば、近所のA子は
「おお、良く似合うじゃん、ユニクロが」
なぜ分かるのだろう。ユニクロで1950円だったのだ。
また、あるお客様は
「いいわね、若く見えるわよ、あなた、いくつになったんだっけ。55?」
どうしてだろう。
ぼくの考えるボクのイメージと、他から見るボクのイメージには想像以上にギャップがあるということか。
最近、自分のイメージに自信が持てない。
風の旅人
ぼくの思いが通じたらしい。やはりぼくは超能力者だったのだ。そろそろ買おうと思っていた憧れの雑誌、「風の旅人」のバックナンバーのうち、創刊号~19号(最新号は23号)までがネット上で特別販売(12/31迄)された。なんと半額!ぼくがこの雑誌に興味を持ったのは、ネットに公開されている、この雑誌の掲載写真に打たれたのがきっかけだ。執筆者も好きな人が多い。どうせ買うなら、全巻そろえたいと思っていた矢先だった。昨日届き、今日から読み始めている。発見がある。新しい考え方をスタートさせるヒントがある。なんというか…網と虫かごを持って、はだしで走りまわっていた少年時代に帰ったような気分になる(笑)。ニヤニヤ、ワクワクしながら見ている。読んでいる。
今、陽だまりのソファに腰掛けて創刊2号を読んでいる。編集長の記事に、こういうくだりをみつけた。
「—身体や住拠は、単なる物体ではなく、役割を持ち、役割を果たすように機能し続けるものであることが基本だ。その働きは、本来、誰のために役割を果たしているのかということが大事であり、それは当たり前のことであるが、そこに宿るもののためなのだ。— 割愛 — 形や型は、物そのものとして存在価値があるのではなく、その内部に秘められた掛け替えのない力をおもいやるものなのだ—」
グッドデザインの概念に似ている。当たり前のことなのだろうけど、高度に都市化した社会に組み込まれ、埋もれて安心していると、こういう視点を取り戻し、自分に立ち返ることは難しい。当たり前のことに気づくことで、それまで築き上げた価値観が一瞬にして瓦解、ゴミになる。風のない街。でも、風はいつも吹いている。
数日前、この編集長がネット上でヒント満載の記事をアップされています。良かったら一度目を通してください。自分にとっていい記事とは、正しいか、正しくないかではなく、気づきのヒントがある文章なのだと思います。
酒とバラの
「おいしいものを食べて、好きな人と寝る。それこそが人生だ」
とは、当ブログにリンクさせていただいてる春さんのブログ「椿屋敷農園」のサブタイトル。なんとステキな言葉だろう。ぼくは思う。おいしいものを食べて好きな人と寝ている人が、はたして巷にどれだけいるだろうか。ぼくは、どんなにうまい食べ物でも、一人で食べるとおいしいと感じないし、キライな人と食べるなら、なおさらのこと。おいしいものを食べるのは案外難しい。さて今夜、ぼくとF少年はOさん宅の夕食会に招かれていた。ここ数年、ぼくの楽しみの最上位にあるのがこのイベント。
Oさん宅は急な坂を上った高台の閑静な住宅街にある。仕事を終えて雨の中を飛ばし、Oさん宅に到着したのが午後8時。明かりを落としたリビングルームは、調度品が落ち着いたヨーロピアンで統一されていることもあって、古参の執事のように威厳のあるやさしさで訪問者を迎えてくれる。F少年が仕事の関係で遅れるとのことで、先にシャンペンを開けることになった。スペイン産なので、厳密にはシャンペンとは呼べないらしい。それまで音の無かった部屋にガラスが鳴り、酒と料理の匂いが競うようにはしゃぎ、パリの音楽が満たされた。サティのJe te veux。いうまでもないが、今からぼくは、おいしいものを食べることになる。
dark side.moon
臆面もなく、思いつめたような暗いエントリーは続く・・・
予定だったが、読者もそろそろ飽きてきたようだ。
見よ、その証拠にカウンターの伸びが鈍い。(カウンターは右上)
そう、ぼくが悪いのです。
すべてぼくが悪いのだ。
うおぉ~~~!(エコーをかけて読むこと)
とりあえず叫んでみました。
ね、そういうとしごろなのね。

