昨日に続き、いつもより早く目が覚めた。カーテンを開けると空は曇り始めていた。
「なんにもない なんにもない まったくなんにもない」題名は知らないけど、そんな歌がアタマの中を流れていた。今日の予定は、なんにもない。コーヒーを飲みながら、庭の草花の株分けや植え替えをした。なんにもない日、コーヒーの消費量と時間の流れは正比例する。午後、Oさん夫妻が遊びにいらした。ぼくは、映画でも観ませんか、と提案した。Oさん夫妻も大の映画好きなので、気兼ね無くそういえる。一も二も無く可決。雨戸を閉め、プロジェクターをセットした。見たのは、レイ・チャールズの伝記映画、「Ray」
劇中、主人公レイは新妻にこういう。
「ぼくに対して思ったことは何でも言ってほしい」
その顔にいつもの笑いはない。彼は盲目ゆえに何度もだまされ、いつしか猜疑心の強い男になっていた。自分だけを信じ、安易に心を開かない。己に力があれば一人でも生きていける。天才が陥りやすい孤独のワナ。レイ・チャールズの笑顔は孤独を象徴しているように見える。心を隠すのに笑顔は好適だ。
ある日、ご主人あるいは恋人の顔から笑いが消え、こういう。
「ぼくに対して思ったことは何でも言ってほしい」
confusion
昨夜はF氏から借りた「ロング・エンゲージメント」というフランス映画を見た。謎解きになっているのだけど、謎にかかわる登場人物が多い上に名前がおぼえにくく、すぐに頭痛がしてきた。途中、ジョディ・フォスターそっくりの女優が出てきてフランス語をしゃべったために、ますます混乱した。フランス人なら、きっとここで笑うんだろうな、という場面が多数あったが、ぼくはどうしても笑えなかった。ぼくのコンディションが悪かったのかもしれない。変な映画だったが印象に残った。いや、かなりおもしろかった。やっぱりフランス映画はいいなぁ。
4343
オーディオに興味のある方なら、JBLの4343を知ってると思う。何年も前から、知人に「あのスピーカー、あげるから取りにおいで」と、いわれている。奥さんが2週間おきに珈琲豆を買いにいらっしゃるのだが、「あんた、いつになったら取りに来るのよ、ジャマでしょうがないんだから」目を吊り上げてブツブツおっしゃる。今日もいらっしゃったが、ぼくはその話にならないよう、注意を払う。すばらしいスピーカーだから欲しいのは山々だ。しかし、何しろデカイ。彼の家も広いのだが、リビングに置いてあるので、じゃまになるらしい。きっと、奥さんにブツブツ言われているのだろう。かわいそうに。できたら親しい人の家に置いておいて、たまには顔を眺めに行きたい、と彼は考えているのかもしれない。女性にはわかるはずもない、せつない話だ。
夜光虫
今まで、一階の部屋を真っ暗にして音楽を聞いていた。かなりの音量で聞くので、家族は恐れをなして近づかない。学生の頃、変な夢があった。それは自分の喫茶店を持ちたいという夢。その頃、高級なオーディオ装置で音楽を聞かせる喫茶店が流行っていた。一日中いい音で音楽が聞け、おまけに金まで稼げるなんて、なんてステキな仕事だろう…と思った。ちゃんと名前も決めていた。ふたつあって、ひとつは「深海魚」。もうひとつが「夜光虫」。
夜光虫には特別な思い入れがある。免許を取ったばかりのころ、よく夜の海に出かけた。だれもいない真っ暗な海。闇の中に波の音だけが聞こえる。と、ザーッという音と同時に横一文字に青白い燐光が走る。夜光虫の仕業だ。波頭が砕けるときに光るのだ。満天の星の下、海では夜光虫が燐光を放っている。それは夢のように幻想的な風景だった。
今まで、ちあきなおみのChateau Chant 1981というアルバムを聞いていた。波の音、かもめの声、風の音、酒の匂い、時間。それが真っ暗な部屋の中でフラッシュバックする。それは夢のように幻想的な風景だ。ちなみに、このアルバムには演歌はない。すばらしいアルバム。失礼ながら、ちあきなおみがこれほどまでに凄い歌手だとは知らなかった。
スターのイメージ。それは、ぼくにとっては暗い海の波間で幻想的に瞬く星、夜光虫。
シクラメンのかほり
ぼく、ロボタン
今日は休みだったのだけど、用事があったのでどこにも行かなかった。夕方から時間が空いたので、数日前にWOWOWで放映された 「アイ ロボット」を観た。実はこれ、映画館で観たし、DVDでも見た。なぜ、飽きもせずにまた見るのかというと、今回がハイビジョン放送だったせいもあるけど、なにより主人公のスプーニー(スプーン)刑事らの会話がおもしろいからだ。原作はSFの巨匠、アシモフ。思うに、SFを書く人って、そうとう理屈っぽい。おかげで伏線の張りかたが雪の結晶を見るように美しい。会話もきれいで無駄がなく、一つ一つ気持ちよく収まっていく。まるでジャズのアドリブを思わせるスピード感がある。でも、実際の日常でこういうスリリングな会話がなされるかどうか…。作家は1時間かけて5分の会話を創作するわけだから。
ウサギの穴
わが家は街から外れているので、休日の朝はとても静かだ。この自然な静けさを楽しんでいると、近所から掃除機の爆音が響いてくる。音源は水をフィルターにしたアメリカ製クリーナー。20万近くする弩級掃除機だ。車でいえばV8エンジン搭載のキャデラック。男がフェラリの排気音にシビレるように、主婦たちも舶来クリーナーの爆音にシビレている。のかもしれない。
ところで、掃除機は壁のコンセントから100Vをもらって作動する。コンセントは、穴が二つ開いているだけの単純明快な装置。しかし、これはアリスの世界に通じる不思議の穴なのである。この穴をちょっといじるだけで、爆音掃除機が俄かにオルフェウスの竪琴よろしく天上の音楽を奏でるようになる。というのは冗談であるが、このコンセント、オーディオの世界では深い謎を秘めた枢要な装置であることは今や常識。というわけで、ドライブに行けなかった今日、ぼくはコンセントの改造を始めた。もちろん、音楽を美しく聴くためであって、掃除機はマッタク関係ない。オーディオ専用に配線してあるので専用ブレーカーを落とすだけで工事に臨める。小1時間で作業終了。驚くべき音の変化だった。一般に、思い込みによって音は美しくなる。これを偽薬効果(プラシーボ)という。
さて、夜が来た。いつものように映画を鑑賞することにする。耳を頼りにアンプのボリュームを一番快適なところにセット。ここで、改造結果がプラシーボ効果でなかったことを目で確認。ボリューム位置がいつもより5db上がっている。これは音量を上げてもうるさくないということ。簡単に言うと、音が良くなっている。
うるさい装置にお悩みの殿方、アナの掃除を試してみては。
男は幻を追う
歩いても歩いても、目の前に現れてくるのは白い砂ばかり。ぼくは太陽がじりじり照りつける砂漠を歩き続けた。ふと風が止まり、見上げると地平線の彼方に瑞々しい緑のヤシが揺らいでいる。
ああ、やっとたどり着いた。
そう思ったのも束の間、すでにそこには何もない。幻だった。あるのは、あいかわらず、どこまでも続く白い砂。
今日は土曜日。珈琲と音楽好きの仲間がK氏宅に集まった。明かりを落とした薄暗い部屋の両隅で、その装置はかすかな唸りを上げてスタンバイしていた。
突然、人々のざわめきの中にトランペットの乾いた音が立ち上がった。部屋は一瞬にして無限大に広がり、右手前方7、8メートルのところにトランペットを口にしたマイルスが立った。曲は「Time After Time」。
写真は、今回の鑑賞会の主役、「グラスマスター」という真空管アンプ。優れたオーディオ装置は録音現場の音場をリアルに再生する。ぼくはそこにマイルスの幻を見た。幻を追い続けて実体に至ることはないが、幻を追わないと実体の美しさが見えてこない、ような気がしたK氏宅での夜。
なお、写真はK氏のHPから拝借しました。
ジブリ
今夜は、つい先ほど思いがけず手許に届いた「ハウルの城」を見ることにした。宮崎アニメは日曜日の夜に観るのが最もふさわしい。ような気がする。ところで、ジブリ作品のエンドロールには知人の名前が顔を出す。それは東京にいたとき、お隣に住んでたお嬢さん。そのとき彼女はまだ学生だった。さっきネットで検索したら、某新聞のインタビュー記事で楽しそうに話していた。宮崎監督や久石譲さんを相手にバリバリやってるらしい。ずいぶん出世したものだ。「将来、どんな仕事をしたいの?」と彼女が聞いたとき、ぼくは「映画を作りたい」と言った。当事ぼくは、8ミリカメラに凝っていたからだった。「すごーい」なんていわれて、まんざらじゃなかったぼく。今考えると情けない。そして今、彼女は映画作りに携わっている。