星の王子さまは砂漠に不時着した飛行士の一人称の視点で書かれている。ぼくは違う訳者による6冊の「星の王子さま」を持っているけど、そのうち5冊の語り手が「ぼく」あるいは「僕」だ。ところが先日買った倉橋由美子さん訳の星の王子さまの語り手は「私」。王子さまは他の5冊同様「ぼく」。たったこれだけのことで読んだ印象が驚くほど違う。ほかの5冊に比べ、それぞれのキャラが立ち、キャラ分けもうまくいっている。他の訳は語り手が「ぼく」で語り、対する王子さまも「ぼく」で話す。訳者としても気になるのか、語り手を「僕」、王子さまを「ぼく」と分けているものや、語り手を「ぼく」王子さまを「ボク」としているものもある。で、何が言いたいのかというと、倉橋由美子さんの訳した「星の王子さま」は、その訳し方で気になるところもあるけれど、ぼくの目には新鮮に映って、けっこう好きかも。うふ
ロマンチストを撃つな!
せっかくの休日なのに朝から雨。雨の日のドライブも悪くないのだけど、今日はなんだか気分が乗らず、久しぶりに街に出ることにした。
レストランで昼食をとった後、映画館へ。どれでもよかったのだけど、アレサ・フランクリンのがおもしろそうだったのでこれにした。
映画館の近くで本を買った。倉橋由美子さん訳の星の王子さま。家に帰ってこの方の訳者あとがきを読んでびっくり。内藤濯さんや、ほかの方の訳でもずっと気になっていた、砂漠で出会ったキツネの返答
「おれ、あんたと遊べないよ。飼いならされちゃいないんだから」
が、クローズアップされており、かなりキビシイことが述べられている。王子さまから「いっしょに遊ぼう」って誘われた際にキツネがこう答えるのだけど、この「飼いならされる」という言葉がどうもしっくりこなくて長い間ずっともやもやしていたのです。以下抜粋
王子さまが一緒に遊ぼうといったときに、狐は、「君とは遊べない、自分はまだ飼いならされていないから(Je ne puis pas jouer avec toi, dit le renard. Je ne suis pas apprivoisé.)」といいます。
中略
狐は王子さまに「飼いならしてほしい」といいますが、これは、「自分を飼いならして愛人のような関係を結んでほしい」ということです。王子さまが自分の星で面倒をみていたという花も、実は同じような存在なのです。しかし、この花の愛人はなかなかわがままで要求が多いので、王子さまはついに嫌気がさして、彼女を捨て、彼女から逃れてほかの星を巡歴する旅に出た、ということです。王子さまを無邪気な天使のような子供だと思って読んでいると、あれあれ、これは男(もちろん大人)がよくやることだと気がついて、にやりとしそうになります。
ひえー!ロマンチストのぼくにはかなりシビアな解釈。きっとこれは訳者の誤解でしょう。でも今日みたいな雨の日にこういうのを読むと、かなり落ち込みます

















