たたみ

夕方、あのAさんがやってきた。
ほかにお客様はだれもいなかった。
ぼくはとても眠かった。
「なにか試飲させて」Aさんは言った。
ぼくはいつものようにコーヒーをたてて、彼の前に置いた。
しかし、猛烈に眠い。
Aさんも一応お客さまだから、ぼくは眠るわけにはいかないのだった。
と、そこでぼくはいいことを思いついた。
「ラジオ体操してもいい?」
「いいよ」
ぼくは携帯に入ってるラジオ体操第一を呼び出し、それにあわせて体操を始めた。
「うまいね」Aさんはコーヒーをすすりながら言った。
ラジオ体操はサラリーマンだった頃、朝礼とともに日課だったのである。
体操が終わると、今度はAさんが「もっと効果的なのを教えてあげる」
といって、ヨガを始めた。
床に座って足を組み、両手を合わせて目を瞑ると独特の呼吸を始めた。
なんか、おもしろそうである。
しかし、ズボンが汚れるのが難点だな、とぼくは思った。
そこでぼくはタタミを一枚買い、普段は壁に立てかけておいて、ヒマなときにAさんのポーズで瞑想してみようかと考えたのだった。

サンマ

281_1 今日は定休日。
トランクに発泡スチロールの箱を投げ込み、エビと魚を買いに笠沙に向かった。
途中、アイスモナカを食べたくなったので加世田の海浜公園に寄った。
どこかの保育園の集団がいる。みんな同じ色の服を着ているので不気味だ。
先生?が、子供たちを並ばせて記念写真を撮ろうとしている。
カメラを構え、子供たちに向かって何か叫んでいる。
しかし、子供たちは思ったように動かない。
そのもどかしげな様子がおかしかった。
笠沙に着くと、いつものように玉鱗で昼食。まだ11時半だというのに、お客さんが次々に入ってくる。
日替わりはナニ?と聞くと、「サンマの焼魚定食」だというのでぼくはそれにした。
ヨッパライ某は「地魚定食」。両者の価格には約二倍の開きがある。
サンマ定食がうまい。バツグンだ。これを食うためだけにココまで来てもいい。ような気がする。
帰りに木場商店に寄り、今夜のバーベキュー用にヒゲナガエビと魚を購入した。

第三の男

第三日曜日は休んでいる。
しかし、1月と5月と8月は開けている。
この法則は秘密ではないが、だれにも知られていない。
だが、開けていると、やはり、お客様はいらっしゃる。
第三日曜日のお客様の雰囲気は、何故かハードボイルドタッチだ。
どこか陰のある謎めいた人たち。
第三の男。

雨がやんだら

夏だというのに雨が三日も降り続いている。
ヘミングウェイの短編に三日吹く風というのがある。
そんなわけで、雨も三日降るとドラマになる。
ぼくは急に稲垣潤一の「ドラマチックレイン」が聞きたくなった。
できたら、雨のリグレットも聞きたい。
ともに、セピア色に褪せた遠い過去の物語。
いろんなことがあった。切ないなぁ。
雨はあいかわらず降り続いている。

食切れ

飯は食べない。
手作りの野菜ジュースをコップ一杯飲むだけ。
昼飯もあまり食べない。特に澱粉質はほとんどゼロ。
すると、夕方近くになるとゾンビのようにフラフラになる。
確かに体重は減る一方だ。いまだに減り続けている。
減量を開始して体重は12k以上減った。
減量作戦は成功したのである。が、なんか良くない。
明日から、朝食を摂ることにした。

ドミニカの絵

271_1 ドミニカコーヒーのH君が絵を持ってきた。
どちらがいいですか?
といって、額に入った二つの絵を床に並べた。ドミニカの画家が描いた絵だ。
「左かな」
ぼくは言った。
右の絵のほうが凝って手間がかかってる感じだけど、なんか暗い感じがした。
「左でいいや、明るくて」
もし作者がそばで聞いてたら気分を悪くしたかもしれない。
二人で階段にかかっていたゴーギャンのイミテーションをはずし、ドミニカの絵をかけた。
「こっちのほうがずっといい」
ぼくは言った。

いいところ

朝一番のお客様、カウンターでコーヒーを試飲しながら、
「おととい、いい所に行って来ました」と、話しはじめた。
「どこです?」
「ハト岬」
「どんな字書くんですか?」
「波戸岬。唐津にあるんです。海水浴場にサザエの壷焼き屋がずらりと並んでて、焼きたて一皿4、5個、500円」
「そりゃいいね」
「イカもうまいですよ、真ん中あたりを刺身で、残りは天ぷらにしてもらうんです。サイコー」
「行こうかな」
「国民宿舎がすぐ裏にあるので、そこに泊まるといいですよ」
「じゃあ、今度行ってみよう」

盆休みが終わった。仕事だ。
5時半起床、朝から豆を焼き続ける。今日は10種類以上焼かねばならない。
豆を焼きながら、いつの間にか「およげ!たいやき君」を口ずさんでいる。サラリーマン時代からの変なクセだ。
焼き終わってコーヒーを飲む。選んだのはモルプレミアム。フルーティーで香ばしい。
あ、秋なんだな、と思った。
盆が過ぎると時の流れは一段と加速する。
あっという間に秋が通り抜け、クリスマスソングが流れ始める。

ESP

盆休み三日目。
今日で休みも終わり。とても悲しい。
最後の夜らしく、屋上でバーベキューをすることにした。
バーベキューなどというと聞こえはいいが、近所の地鶏屋で買った安い鳥刺し、スーパーで買った安い豚のバラ肉、冷蔵庫にいつまでもがんばってる余った野菜などを炭火であぶって食うだけのことである。
しかし、炭火で焼くと何でもうまくなるから不思議だ。
炭の燃え盛る七輪と材料を屋上のテーブルに置き、ビールを注ごうとしたところで大粒の雨が降り出した。
しかし、雨が降ったくらいで気落ちするぼくではない。すぐに作戦変更、屋内に七輪を持ち込み、バーベキューを続行することにした。
が、材料を屋内に運び込んだところで雨がピタリと止んだ。
というわけで、再び屋上で行うことになった。
乾杯を済ませ、いい気分で肉などを焼いていると、またもや雨。
しかし、数滴降っただけで止み、以降、二度と降ることは無かった。
この年になって少しは雨をコントロールできるようになったようだ。

馬の目

盆休み二日目。東京の義弟が来るとのことで、家にいた。
自分でたてたコーヒーを飲みながら、店のステンレス容器を洗う。
音楽とうまいコーヒーがあれば、単純な作業もけっこう楽しい。
義弟は昼前にやって来た。
昼食はわが家の家族4人と冷やしそうめんを囲んだ。
帰りの飛行機まで時間があるとのことで、映画を観ることになった。
観たのは数日前録画した「シービスケット」。
シービスケットとは、古き良き時代のアメリカに実在した競走馬の名前だ。
競馬場でのレースの模様は、カメラも良く、すばらしく迫力があった。
大きな画面とHiFiなオーディオがあるとかなり楽しめるはずだ。
思ったとおり、脇役ではあるが本物の騎手が出演していた。
体から滲み出るリアリティーが相手役の虚構を際立たせてしまう。
特に目の表情がいい、と思った。馬の目を思わせる。
長年、馬と付き合っていると、こういうやさしい目になるのかもしれない。
「映画って、いいですね」つぶやくように言って義弟は帰っていった。