なんとなくピクニック

顔を布団から出し、時計を見ると7時40分だった。もうすこし寝ようと布団をかぶったが、なんだか眠れそうになかった。年をとったせいかもしれない。

弁当を作ったから、どこか行こう、と、ヨッパライ某が言うので、どこに行こうか考えてみたけど、寝ぼけてて何も思いつかなかった。

結局、コスモスを見てイチョウを見て、海を眺めながら弁当を食べよう、ということになった。ヨッパライ某の母も誘ってみたが、血圧の問題とかで、参加できなかった。

山の上の公園は人気がなく、風の音と川の流れる音が聞こえるだけだった。イチョウは少ししか紅葉してなかった。

山を下り、海の見える丘に上った。

東シナ海

魚肉ソーセージは?と聞くと、冷蔵庫にあった材料だけで作ったから、ないよ、とのことだった。3人分なので、けっこうな量。おにぎりは12個もある。

ヨッパライ某が2個、ぼくは8個食べた。家の中だと4個くらいしか食べられないのに不思議だ

どこかの島からロケットが飛んだ

丘の上に着いた時、車のタイヤがずいぶん減っていることに気付いた。時間に余裕があったので、帰りに某ホームセンターに寄ってタイヤを交換した。作業を待つ間、ヨッパライ某は夕食の買い物、ぼくはとなりのバスターミナルに行って機関車の写真を撮った

10月のある午後、のんびりしたピクニックにでかけた

高校生の常連客がいて、得意な科目は物理学だという。今朝、コーヒーを買いに来たので、店のレジの上でゆらゆら揺れている針金細工を指さし、これはニールスボーアの原子模型をモデルにしたモビールなんだよ、と言ってみた。すると彼はそれを見つめたままフリーズしてしまった。原子は小さすぎて目に見えない。宇宙は大きすぎて目に見えない。ぼくはふと、イームズチェアで知られるイームズ夫妻が作ったあの短い映画を思い出した。そして彼に言った。おもしろいからヒマなときにでも見てみたら。科学が好きな人にはとてもおもしろい映画。それはこんなナレーションではじまる。
10月のある午後、シカゴの湖畔でのんびりしたピクニックが始まった。

あの時、同じ花を見て

だれかと思い出を共有したい。刹那的な記憶の断片を。同じ花を見て、きれいだね、と、うなずき合った、そんな一瞬の記憶。そうだ、こんな歌があった。

あの時 同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が 今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度

同じ花を見て、同じ海を見て、同じ夕陽を見た

怪獣が棲むという、あの火山湖に寄ってみた

湖畔をうろついていると、どこか遠い世界から聞こえてくるような不思議なメロディが聞こえてきた。

桜の無垢板に細い金属の弦を張っただけのシンプルな楽器なのですが、見た目からは想像できない、心に深く響く音がします。ヒーリングライアーというドイツの楽器だそうです。

昼食は、なんとか牧場で

昭和ヒトケタの歌

先日、父とドライブに出かけたとき、父が「音楽はいいもんだなぁ」と、しみじみつぶやいていたので、病室でも音楽が聴けるように、ネットで安いヘッドホンと音楽プレーヤーを注文した。それが今日届いたので、さっそく植木等と石原裕次郎をプレーヤーのメモリーに入れ、試しに聞いてみると、これが素晴らしく良かった。技術が進歩したおかげなのだろうけど、十分すぎる音質。父にやるのが惜しくなった。

仕事を終え、店じまいして父の入院している病院に行った。父は寝ていたが、わざと音を立てて起こし、寝ぼけている父の頭にヘッドホンをかぶせ、石原裕次郎の「銀座の恋の物語」という歌をかけてみた。だんだん目を覚ましてきたので、音楽プレーヤーを手渡し、使い方を教えてやった。植木等がいい、というので、それをかけると、満足した顔で、目を瞑って聞いていた。1000曲くらい入るから今度新しい曲を入れるよ、と言って病室を後にした。

家に帰り、食事をとった後、昭和7年生まれの父が青春後期に聞いたであろう歌をツタヤに探しに出かけた。曲目を見てみたが、ぼくが知ってる歌はほとんどなかった。

哲学的な歌を聞きながらドライブ

入院中の父を連れだしてドライブに出かけた。どこでもよかったのだが、そうめん流しにでも行こうか、というと、おう、それでいい、というので、車は南に向かって走り出した。

カーステレオのスイッチを入れ、昨夜、父のためにiTunes Storeからダウンロードした植木等のアルバムをかけたところ、これが予想以上にツボだったらしく、歌を聞きながらずっと笑っていた。そして、久しぶりに笑った気がする、と言った。知らない曲ばかりだったが、どの曲もバカらしいようでなかなか深く、哲学的だった。

そうめん流し入り口のエレベーターの横に車いすが備えてあったので、乗ってみる?と聞くと、乗る、というので、父をのせて車いすを押すことになった。まさかオヤジの車いすを押すことになろうとは夢にも思わなかったよ、と言うと、オレもまさかお前に車いすを押してもらうとは思わなかった、と言い、そのうちお前も乗ることになるさ、ヒヒヒ、と笑った。フッ、まさか。

植木等のアルバムは32曲入りだったが、それが終わると、石原裕次郎のベストアルバムに切り替わった。夜霧よ今夜もありがとう、とかいう曲で始まったが、これがエコーたっぷりで、こんな曲を真昼間に車で聞くとは思わなかった。一方、父は、裕次郎は本当にいいな、と、ぶつぶつつぶやいていた。

機嫌のいい父を病院に送り届け、時計を見ると4時前だった。どこか海に行ってアイスクリームでも食べよう、ということで、いつもの海に向かった。

一人で砂浜を歩いていると、だんだんいつもの自分に戻っていく感じがした