天然な人たち

昨夜、田口ランディのブログを読んでいて、思わずにんまりしてしまった。以下、引用
・・・「今日は暑いから、なんかさっぱりしたもん食べたいね?」などと言い、駄菓子屋のアイスなどを、「うめ?」とか言って立ち食いするような人といると、妙にほっとする。・・・
いや~、その気持ち、よくわかるなぁ~。田口さんの本音っぽいトークは身近なリアリティがあって、チョ~おもしろい。たまにぼくも、一見、ストレート風、本音っぽいことをブログに書き付けるけど、文章を使って自分の気持ちをストレートに表現するのって、スゴク難しい。本音らしく見せるために、かなり演出、脚色している(笑) ところで、いまだに「真空管アンプの音は柔らかくて温かい」といって、真空管にこだわり続ける人がいる。これは単なる懐古趣味ではない。真空管アンプが人間味のある温かい音を出すのには、ちゃんとした理由がある。真空管アンプには音声信号に負帰還(ネガティブ・フィードバック)をかけなくても使える素性の良さがあるのだ。アンプは負帰還をかけることで歪がグンと減る。行儀よくなる。コストをかけずに音を良くするなら、負帰還をかけるに限る。だから、市販されているアンプのほとんどが負帰還アンプである。ただし、音はそっけなくなるというか、精彩にかけるというか、おとなしく他人行儀になりがちである。行儀を取るか、歪を取るか…。マニアは歪を取る。(なんちゃって)
ふつう、だれだって人としゃべるときは自分の言葉にフィードバックをかけ、つまり客観性を持たせてコントロールしている。(自分自身とのコミュニケーションにもフィードバックをかけている)どこかの政治家ではないが、思ったまましゃべると、えらいことになる。本音トークを得意とする人たちは、フィードバックのかけ方が絶妙なのだ。これは真剣勝負の寸止めと似たテクニックであり、途方もないエネルギーと技を要するのである。かも。
フィードバックをかけずにコミュニケーションする人たちがいる。ぼくはこの人たちを「天然」と呼んで大事にしている。そのせいか、ぼくの周りは天然だらけだ。

“天然な人たち” への5件の返信

  1. 歪みから腰痛がきてるとしたら・・・
    天然が天然を呼んでいるという事ですね?

  2. ぼくのまわりの天然な方の特徴は、たとえば会話においては、何の脈絡もなく、思いついたように、その話の筋道中、一番重要と思われる部分から話し始め、必要に応じて追って説明を重ねていくんです。主語がない場合が多く、話というより、それはストーリーを持った一服の絵のように感じられます。圧倒的に女性に多いのですが、おそらく、彼女の頭の中で時間軸のないビジュアルがまず立ち上がり、それを言葉に変換しているのだと思います。そういえばモーツァルトは時間軸のない完成されたイメージが瞬間的に生じ、それをただひたすら音符に変換していたのだという話を聞いたことがあるような気がします(ちがうかも)。なぜこんなことを書いたかと申しますと、マスターさんのコメントにそれを感じたからです。
    なお、マスターさんにモーツァルトの天才を見た、やはりマスターさんは天才だった、というイミではありません。

  3. スプーンさんの周りは「天然」だらけだそうですが、少なくとも私は「天然」とは程遠い存在だと思ってます。なぜなら、気は小さくて力なし、かねてから「シャイ」といわれ、文章の端々まで気を配りフィードバックを掛けまくって、何を書いているのか自分でも理解できナ~イ・・・てなことあります。
    ところで、リンクありがとうございました。当方のブログにもリンクを貼らせて貰いましたが、よろしゅうございましょうか?先ずは御礼まで。

  4. ☆あきこさん、おそらくたぶん、きっとそうかもしれません。
    でも気にしないでねー ウフ♪
    ☆ナスがママさん、残念ながらぼくのデータベース上、ナスがママさんは天然になってますがよ~。いくら「人工」のふりをしてもムダです(笑)
    ところで、シャイ、というのは自意識過剰、つまりフィードバックが多すぎるということなんでしょうけど、感性が鈍くては、そもそもフィードバックがかかりようがありません。ナスがママさんの感性はカナリ鋭いんじゃないかと思います。感性はidentityと深くかかわっていると思うのですが、人工のものとは違い、そう簡単にはコピーできません。というか、言葉の定義上、コピーしたものは天然とはいえませんよね。ん?はやくも何を言ってるのか分からなくなったべ。ま。いっかー。とにかく感性を大事にしてる人は天然な人なんじゃないかなー、なーんちゃって。
    あ、リンクしてくださるんですか?アリガトゴザイマ~ス♪

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