小春日和

いい天気が続く。先ほどいらしたお客様は、いまから木市に行くとおっしゃってた。春と秋、川向こうの広場では恒例の植木市をやっている。子供の頃は、小銭を握ってよく行ったものだった。子供だから植木にはサッパリ興味がなく、めあては金魚、カメ、ヒヨコだった。カメは500円、ヒヨコは一匹20円だったと思う。カメや金魚を飼うのは比較的たやすい。初心者でもまずは大丈夫。一方、ヒヨコはけっこう難度が高く、マニア向けの仕様といえた。まず、すぐ死ぬ。めっぽう寒さにヨワイ。ぼくは何匹か死なせた経験がある。死んだヒヨコを、泣きながら一晩中暖めたのを憶えている。たまごっちが死んで泣く子がいるが、感情の出所は同じだろう。しかし、リセットが効かないぶん、ヒヨコの悲しみは切実であった。ヒヨコを買って帰ると、例外なく親にしかられた。ヒヨコは金魚やカメとは違う。金魚鉢では飼えない。すぐに大きくなり、いずれ小屋が要る。それがオスだった場合は悲惨だ。朝暗いうちから人の都合など省みず、けたたましい大音量で鳴く。鳴くなと叫んでも鳴きまくる。はなはだ近所迷惑な動物に変化するのだ。大人はそれを知っているからヒヨコを目の敵にする。かくいうぼくだって、ご多分に漏れない。
ところでぼくは、なにを言いたかったのだろう。
そうだ、ここ数年、木市に行ってないが、今もヒヨコは売っているのだろうか。

“小春日和” への4件の返信

  1. ああ、昔のお祭りが思い出されます。
    黄色のヒヨコならまだしも、赤や青のヒヨコ、居ませんでした?今思うと、結構な動物虐待。
    あの頃は何も考えず、買って帰ってましたが、帰った数日後には、原因は寒さかヘビかネコかで、号泣するハメに・・・。
    今、父の愛するペットはめだかです。小さい頃はよく田んぼの脇の小川にいたのにと遠い目をしています。

  2. 赤や青のヒヨコ、居ましたねー。子供心にも、あれはひどく不自然に見え、しらけました。
    ところで、虫もヘビもカエルもヒヨコも、子供にとって、愛を注ぐ対象として十分な魅力を備えた、愛着の持てるオモチャでしたよね。連中は小さいくせして、ぼくらと同様、命を持ってるんですからね。しかし、安心して愛情を注いでいると、突然あっけなく死んじゃう。それこそコロッて。おーい、なんでぼくを置いて行っちゃうんだよ~、って気分になっちゃう。あれは辛かったなー。お父さん、めだかが好きなんですか。魚を飼う人は孤独を愛するって聞いたことがあるけど。

  3. すみません。赤や青のヒヨコを、無邪気に喜んで買って帰っていた輩です。その頃から考えてるようで、なーんも考えてないタイプだったかも。
    父は言われてみれば。なんとなくわかります。色んなものに反応しすぎるので、一人でいる方がラクそうです。
    父のペットはめだかの前は金魚でした。順調に繁殖し、くちを指につけてくるくらい慣れ、お子も生まれ、大変喜んでいたのですが、これまたネコとカニにやられました。
    自然とは厳しいものですね。

  4. ペットといえば、最近はブログペットというものもあるようですね。その昔、「シーマン」というゲームソフトがあったみたいですが、あれは実に良くできていたそうです。飼い主のかけた言葉に、人面魚みたいな生物が絶妙に応えてたらしいですよ。時には飼い主をバカにさえしたりもして。たとえ命を持たないものであっても、とにかく何かに愛情を注ぎ続けてないと生きていけないんですね、人という生物は。なんだか切ないよね。

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