朝、目覚めると自分が不機嫌であることに気づいた。
最近、寝覚めが悪い。きっと悪い夢を見ているのだろう。
窓を開ける。冷たい風が吹き込んでくるが、ぼくは毎朝窓を開けないと気がすまない。洗面所で顔を洗っていると、先ほど開けた寝室の窓からネコの声がする。窓の開く音を聞きつけたネコがやってきたのだ。しかし、網戸があるから入って来れない。はずだった。見ると、わずかに開いた網戸の隙間から今まさに室内に飛び込もうとしている。目と目が合った瞬間ネコはジャンプした。が、後足がカーテンに引っかかり、床に激突。
ぼくはあっけにとられた。
気がつくと、ぼくの不機嫌はすっかり消えていた。
眠れない夜が明けると
いい年こいて朝からオフコースをかけている。
オマエなぁ、求めすぎだよ、女に。そんなの不可能なんだよ、オマエ。ぼくはいつものように彼の歌詞に文句をつけながらコーヒーを飲む。小田クン、キミは思い違いをしている。いや、狂ってる。かわいそうに。
相手が女である限り狂ってるのが正常な気もする土曜の朝。
鍋の作戦
レバーが好きだという人は少ないと思う。ぼくは好きではないが嫌いでもない。わが家では、焼肉をするさい、子供と妻にはレバーの割り当てをする。そうしないと、ぜったいに食べないからだ。それほど連中はレバーを忌み嫌っている。
ところで、今日はアンコウ鍋だった。
アンコウ鍋で一番うまいのはアンキモであるが、いかんせん高価である。アンキモとは、言うまでもなくアンコウのレバーであり、見た目もレバーそのものである。わが家のテーブルにアンコウ鍋が初めて載ったとき、ぼくはアンキモを指さしてこう言った。
「うおー、このレバーを見てみろ、まさにレバーそのものだな」と。
この作戦はしばらく功を奏していたが、なぜか最近、息子が食べるようになり、ぼくの取り分は減少した。
美しい蝶
帰宅して、いつものように映画を壁に映して鑑賞。
ピッチブラックというSF映画。エイリアン2の二番煎じみたいな映画だった。一段と頭がモヤモヤしてきたので、引き続き先日録画しておいたマイルスデイビスの特集を見た。彼はジャズで有名なミュージシャンだけど、目指しているものは「ジャズ」に収まるものではないようだった。
ボクシングのトレーニングをするマイルスが映し出される。
その姿は彼の演奏の姿そのものだ。
彼にはふつうの人には見えない美しい蝶が見えるので、無我夢中でそれを追いかける。
一般の人に見えないものが見える人は孤独になる。
30日
明日から12月。
「営業はいつまでですか?」常連の奥様に尋ねられた。
「29日までですよ、30日が大掃除です」
「大掃除?しなくていいんじゃないですか?いつもきれいにしているし」といって、店内をぐるりと見回し、「A型なんですか?」と、ほほえんだ。
「いえ、ぼくはB型ですよ」
「ふぅーん、A型だとばかり思ってました」悲しそうな顔でぼくを見た。
「A型が綺麗好きで几帳面というのは当たってないですよ」
ぼくは反論した。
「あら、わたしはAなんですけど、カーテンがピシャッと閉まってなかったりベッドで布団が曲がってたりすると、とてもイヤですわ」
結論に至りそうもない会話が20分くらい続いた。
決してヒマではないのだけど、なぜかいつもこうなる。
ブラッドベリな日常
SF小説を読む人って、少ないような気がする。
きのう、ブログに火星のことを書いてしまった。
馬鹿げたことを書いてやがるな、と思った人もいるかもしれない。
然り。
生活日記に火星上のことなど書くやつはめったにいない。
ピロートークに火星を持ち出す男なんて無に等しい。
しかし、一部のSFマニア(SMじゃないですよ)は、日常に火星や土星はもちろん、銀河系外宇宙までも持ち込むのです。
今宵、無重力なひとときをあなたに。
火星の休日
20回
狭い室内に閉じこもったまま仕事をしているので、体力は衰える一方だ。そこで、毎朝ぼくは腕立て伏せをしている。20回。そして腹筋運動もする。これも20回。少ないだろうか。
少ないに決まってるよな。
怖いもの
ぼくの昼ごはんは弁当。きょうは、ゆで卵が一個、おまけに付いていた。なにかの本で読んだのだけど、紙に描かれた真円を見ると恐怖で体が震えだす人がいるらしい。理由は忘れた。また、緑色を見ると狂いそうになる、という人生相談への投稿を読んだこともある。
「ほんとうかしら、変な人がいるものね」
と、思う人もきっといるだろう。
しかし、ぼくはそう思わない。なぜなら、ぼくはニワトリのタマゴをじっと見ていると、気分が悪くなってくる。うまくいえないのだけど、あの物体には極度に張り詰めた緊張感がみなぎっている。長く見ていると吐き気がしてくる。
こういう自分と付き合うには、じっさい、骨が折れる。
赤飯
赤飯は、めったに食べることがない。
たぶん、今時どこの家庭でもそうなんだろう、とぼくは思っている。
「知り合いが誕生日なので、帰ったら赤飯を作ってあげるのよ」午前中いらしたお客様の言葉に、ぼくはハッとし、同時に懐かしい気持ちがこみ上げてきた。
「赤飯?」
ぼくの驚いた声に、彼女もまた驚いたようだった。彼女はまだ若いのだけど、日本的な風情を身にまとった落ち着いた女性。いわく「そんなことに驚くあなたのほうがおかしい」そうだ。おめでたいことがあると、ごく当たり前のように赤飯を炊くらしい。悲しいかな、誕生日といえば、ぼくにはケーキしか思い浮かばない。
ぼくは間違っているのかもしれなかった。赤飯なんて、大正生まれのおばあちゃんか、懐古趣味にかぶれたヒマな主婦が作るもんだと思っていたからだ。
「よかったらいつでも食べにいらしてください」彼女は静かにそういった。