朝の演歌

午前11時を少し過ぎたころだった。走る魚屋が店の前に止まり、屋根のラッパ型スピーカーが派手に叫びだした。
「それでも~わたしは~あなたに~つい~て~ゆ~う~く~~~♪」
悪いけどぼくは朝からそういう気分にはなれない。
それにしても、どうして走る魚屋さんは演歌をかけるんだろう。
しかも、その歌詞は聞いているほうが恥ずかしくなるような内容。
いや、恥ずかしく感じるのはぼくだけかもしれない。
侠気に富む男に黙ってついていく女。美しい構図だとは思うのだけど。

5年

いよいよ8月も終わる。
店のカレンダーをめくり、9月にした。
あとひと月で、この店を始めて丸5年。
2000年の10月にオープンしたのだった。
9月に友達を呼んで、練習したんだよな。
手伝ってくれた友達の顔を思い出す。
だれしも、「やれやれ、コイツには困ったもんだな」という顔をしていた。
そう、困った友達は持ちたくないものだ。

最後の夏休み

291_1 あと2日で9月。
竹内まりやの「セプテンバー」を口ずさむまでも無く、ぼくの住む町では9月は秋に決まっている。
朝、ベッドから起き上がって窓を開けると、遠くまで青空が広がっていた。ぼくは夏にさよならをするために南に車を走らせた。
吹上浜に向かってスカイラインを走ってたのだけど途中で気が変わり、指宿に進路を変えた。国民休暇村の近くのナントカ(忘れた)ビーチに車をとめ、泳いだ。
釣り人が二人いるだけで、泳いでいる人はだれもいない。
沖で泳いでいると、次々とチョウチョが海を渡ってくる。あの小さな体で海を越えてくるのだった。
感動したぼくは、浮き輪でバチャバチャやってるヨッパライ某に指を刺して教えた。が、某はどうでもよさそうなそぶりだった。
ちなみにヨッパライ某は泳げないので浮き輪でプカプカ浮かんでいるだけだった。
前に進もうと努力している様子だったが、後ろに進んでいたので、ぼくは時々浮き輪のヒモをつかんで元の位置に引っ張ってこなければならなかった。
海から上がって時計を見ると1時になろうとしていた。2時間泳ぎ続けていたことになる。ちなみにぼくは浮き輪なしで海に浮かんで昼寝が出来る。
水着のまま近くの温泉に行った。やたら子供が多いので不審に思ったら、併設されている温水プールが目当てなのだった。子供が海にいないと思ったら、こんなところにいた。腹が減ったのでフラワーパークのレストランに行った。バイキングをやってたのでそれにした。アイスクリームがうまかったので、二つ食べた。
291_2 家に帰り、屋上のテーブルで沈みゆく夕日を見ながらビールを飲んだ。
楽しかった夏にさよなら。
 

びびる日もある。

何を書こうか。
なんだか書きづらくて、さっきからずっと筆が止まったままだ。
今日はけっこうお客様が多かった。
うちのお客様は主婦が多いのだけど、彼女たちと話していてヒヤリとさせられることがある。
それは、この日記を見ている、という声。
ごく普通の、あまりパソコンとは縁のなさそうな主婦にそう言われると、一瞬フリーズしてしまう。
今日はそういう主婦が数人いらした。
そんなわけで、びびりながら書いている。

夜空の十字架

屋上のテーブルに腰掛け、ビール片手に星空を眺めていた。
南の空では、さそり座が西に傾いている。夏も終わりだ。
ふと上空に動くものを認め、見上げると、ジェット機が白鳥座を横切るところだった。
白鳥座は別名NorthernCrossという。
南十字星(SouthernCross)がいびつな形をしているのに比べ、とても整ったかたちをしている。
夜空に輝く十字架。それは遠く静かな、まるでぼくには関係のない世界に見える。しかしそれはいつも耳元で語りかける。

多重人格

ちょっと古いけど、ダニエルキースの「24人のビリーミリガン」を読んでいる。
10年くらい前にヒットした、ビリーミリガンという実在する多重人格者をレポートしたノンフィクション。
読んでて気になったことがある。
ひょっとすると、ぼくも多重人格者なのではないか、ということだ。
なぜなら、タマに記憶の空白時間が生じることがあり、その時間に何をしていたか思い出せないからである。
もしや別の人格が起きだして、ナニかよろしくないことをしているのではあるまいか。
それとも単なるボケか。

子供電話相談室

午前9時、某国営放送のラジオで子供電話相談室というのをやっている。
当然だが、この番組内では浮気やストーカーの相談はない。
子供向けの番組なんだろうけど、聞いていると、とてもおもしろい。
無邪気さゆえに虚を衝いてくる質問がおもしろいわけだが、今回は、たった4歳の子供が、電話向こうの老先生と淀むことなく渡り合い、あげく必要な回答を得たことにぼくは快哉の声を上げたくなった。いるんだよな~こういう子供が。
たどたどしい幼児の声と年寄りの枯れた声がしっかりかみ合いながら進行する珍妙さ。ひさしぶりにラジオで楽しい思いをした。

スティーヴン・キングな昼下がり

豆を焼き終わった後、暇だったのでノートパソコンでスティーヴン・キング原作のスリラー映画を観ていた。
もうお昼だというのに、お客様はだれもいらっしゃらない。ま、こういう日もあるさ。
仕入先のカメラマンI氏とその連れがやって来た。ぼくはDVDを止め、彼らにコーヒーを飲ませてあげた。
彼らが帰ったので再び映画を観始めた。
だれもいらっしゃらない。ゼロである。そこにカメラマンI氏が一人で戻ってきた。
ぼくは再び映画を止めて彼の相手をした。
彼と話していると、いつの間にか3時になろうとしている。いまだにゼロのままである。
これは変だ。明らかにおかしい。昨日はあんなに多かったお客様が今日は一人もいらっしゃらない。
開店以来、こんな日は一日もなかった。
3時を過ぎるとI氏は帰っていった。ぼくもスティーヴン・キングの映画を観るのをやめて、パソコンを閉じた。
とたん、電話が鳴り出した。予約注文の電話だ。ひっきりなしにかかってくる。
お客様も次々にいらっしゃる。どうなっているんだ。思わずほっぺをつまんでしまった。
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その店には入り口がなかった。
訪れた客は店の前を行きつ戻りつしたあげく、結局あきらめて踵を返すしかない…
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ぼくがスティーヴン・キングだったらこう書くな。

たたみ

夕方、あのAさんがやってきた。
ほかにお客様はだれもいなかった。
ぼくはとても眠かった。
「なにか試飲させて」Aさんは言った。
ぼくはいつものようにコーヒーをたてて、彼の前に置いた。
しかし、猛烈に眠い。
Aさんも一応お客さまだから、ぼくは眠るわけにはいかないのだった。
と、そこでぼくはいいことを思いついた。
「ラジオ体操してもいい?」
「いいよ」
ぼくは携帯に入ってるラジオ体操第一を呼び出し、それにあわせて体操を始めた。
「うまいね」Aさんはコーヒーをすすりながら言った。
ラジオ体操はサラリーマンだった頃、朝礼とともに日課だったのである。
体操が終わると、今度はAさんが「もっと効果的なのを教えてあげる」
といって、ヨガを始めた。
床に座って足を組み、両手を合わせて目を瞑ると独特の呼吸を始めた。
なんか、おもしろそうである。
しかし、ズボンが汚れるのが難点だな、とぼくは思った。
そこでぼくはタタミを一枚買い、普段は壁に立てかけておいて、ヒマなときにAさんのポーズで瞑想してみようかと考えたのだった。