
思いつくままノートに書くようになって早2週間。この習慣化は久々のヒットであった。驚いたのはパソコン慣れで書けなくなった漢字が次第に書けるようになってきたこと。忘れた漢字を頭で思い出して書こうとしても出てこない。でも、ノートに書いていると手が覚えているらしく、いつのまにか書けるようになる。ボールペンではなく、万年筆を選んだのも良かったようだ。オーディオマニアならわかると思うけど、むかし、レコードをかけるのは儀式のようなものであった。レコード盤をそっとジャケットから取り出し、厳かにターンテーブルに載せ、心を鎮めて針を降ろす。CDやiPodを神妙な顔をして操作する人はまずいない。あれは家電のリモコンと変わらない。というわけで、万年筆を使うことで、書くという作業を趣味の領域に近づけようと試みているのであった。なんちゃって。ちなみに今日書いたノートから拾ってみると、ドストエフスキーはかつて「私は私の苦悩にふさわしくなくなるということだけを恐れた」と言った。などと書いてある。ノートと万年筆だと臆面もなくこんな事を書いてしまうから怖い。なんだか青春しているみたいだ。ちなみに、フランクルの夜と霧からの抜粋
んー
夢の途中
cosmos
非日常な日々
東の空
フール・オン・ザ・ヒル
デジャヴ
時の流れる音
アレは水の上だった

あの発電所遺構がそろそろ水没しているのではないかと思い、ネットで検索したところ、2週間前にダムに行った人が水没した発電所の写真をブログに載せていた。というわけで、水没発電所を見るために北へ車を走らせた。発電所はローマの近くにある。

ローマの休日で有名な、あの「真実の口」のそばの茶店で昼食をとった。

ローマにはナイアガラの滝もある。

やっとたどり着いた発電所遺構。な、なんと、まるで水没していない

調べてみると、10日ほど前に140mあったダムの水位が、なぜか今日は133mに下がっている。台風を前に放水したのかもしれない。やれやれ

帰りに某ガラス工芸館に寄ったところ、その帰り、いつものように道に迷い、あげく、山の上の湖に出た。写真は水の中に生える落羽松。























