私の暮らしかた 大貫妙子
上を向いて歩いたら
ウメボシを買いに行った
沈むオリオン
恐ろしい言葉
逆説の発見
クラゲ美女からお借りした福岡伸一ハカセの「生命と記憶のパラドクス」という本を読んでたら、こんな記事が目に留まった。
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最近、とても面白い本を見つけた。『キミは珍獣と暮らせるか?』(飴屋法水 文春文庫PLUS)。著者は元ペットショップオーナーで、珍しいペットを求める人に厳しくその覚悟を説いている。珍獣を、「駄獣」(つまらない。例えばミミズ)、「難獣」(飼育が難しい。例えばモグラ)、「弱獣」(すぐ死ぬ。例えばヒヨケザル)、「猛獣」(文字通り凶暴。例えばヤマネコ)、「臭獣」(クサい。例えばヤマアラシ)に分類する。内容は類まれなる生命論にもなっている。生き物に値段をつけ、自分の所有物とする。それは自然物を人工物として扱うこと。だから本来、不可能な行為、さらにいえば狂った行為であると。しかしそこからしか発掘できないものがある。それが生き物を飼うことの意味だと。生き物を飼うこと。それは見下ろされ、支配され、そしてそのことによって、私の方が支えられているという逆説の発見なのだ。
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筆者は言う。しかしそこからしか発掘できないものがある。それが生き物を飼うことの意味だと。
ぼくはこれを読んで甚く感じ入った。結婚も同じではないか、と
いい時間
近くの公園
先週の月曜日、朝から冷たい雨が降っていた。ぼくは雨から逃げるように車を走らせた。でも、どこまで走っても暗い雨雲は後をついてきた。あれから一週間経った。朝から冷たい雨が降っている。ヨッパライ某は曾木の滝の茶屋でウナギを食べたい、といったが、そんな気分にはなれなかった。家でじっとしているのも嫌だったので近くの公園に出かけた
公園で写真を撮っていると、雨雲は流れ、きれいな青空が広がってきた
晴れたとたん、どこからかミツバチが集まってきて花の周りを飛び交いだした
天気が良くなったので、ドライブに出かけることにした
いつもの漁港近くの食堂に行くと、日替わり定食が赤イカの天ぷらだったのでそれにした
海の横を走っていると天辺に木が一本生えた島が見えた。ぼくは波平島と命名した
幻の日々
最近、寝覚めがよいのです。理由は単純、あるものを買ってもらったから。あるものとはカメラ。7年近く、ほとんど毎日使い続けてきたカメラがついにくたびれ、ぼくのココロを照らしていた太陽もいきおい翳ってしまっていたのです。新しく手に入れたカメラは前のカメラより安かったのですが、性能は驚くほどよくなっていて、ボタンやレバーをあちこちいじっては、新しいオモチャを手にした子どものようにニヤニヤしているのです。ぼくとしてはハッピーな状態なのですが、なぜか勉強のために買った本を読む時間は減り、めんどうな思索に耽ることも少なくなりました。玩物喪志という言葉があります。モノに心を奪われて大切な志を失うこと。まあ、ぼくの場合、すぐに飽きる方ですし、カメラはモノというより、道具、という感覚で使っているので心配は無用だと思うのですが。写真は店の屋上から撮った今日の夕日。幻日という気象現象です。


















