なんとなく魚フライ
あなたの町の挙動不審男
ラブジョイな夜
「1月7日にエメラルドグリーンの彗星『ラブジョイ』が地球に大接近! 2月ごろまでなら観測可能か。この機会を逃すと次は8000年後!」などとネットのニュースに書いてあるもんだから、なんだか見ないと損するような気がして写真に撮ってみた。あいにく薄雲が広がっており、雲の切れ間を狙って撮影。PM2.5の影響か、はっきりしない空。多分、明日のほうがきれいに見えると思う
オリオン座の右のほうにぼんやり見えます
なんけー
奥の細道
昨年末、予想外に珈琲が売れたために、主力珈琲の生豆がなくなってしまった。仕入先に問い合わせると、年末に注文した生豆が店に届くのは明日だという。困った。念のため運送会社に問い合わせてみると、本日午後の便で鹿児島の倉庫に到着したという。配達は明日になるらしい。宅急便ではないので「今から配達して」といっても返事はNOだ。しかたがないので店が終わった後、郊外にある運送会社の倉庫に取りに行くことにした。珈琲の生豆は一袋70kg。前回取りに行ったときは、倉庫の係りの人と二人で積み込んだ際、ぎっくり腰を悪化させてしまった。今日は比較的腰の調子はいい。でも冬は気をつけないとヤバイ。生豆を無事車に積み込み、郊外の暗い夜道をドライブ。ふと思い立ち、近道をしようと交差点を右に折れた。真っ暗な細い道を奥に進むと急激に道幅が狭くなって、車が通れないほどになった。くそ、なんという道だ。どうしようもなく、バックして元の道に戻った。夜中には変な気を起こさないほうがいい。
The Door into …
早く寝よう、と思うのだけど
なにかで読んだ記事に、目覚ましで起きるのはよくない、というのがあった。眠り足りて自然に目覚めるのがよい、みたいな話。ぼくはふだん、電気タイマーに接続されたラジオによって目を覚ましている。ここ一週間は仕事を休んでいたので、ラジオのスイッチはオフにしていた。自然に目覚めるまで眠っていた。自然に目覚める時間はだいたい9時ころだった。それを一週間続けた。その結果、脳の回転が少しばかり軽くなったように感じる。脳がいつもより機敏に動くというか。これは気分がいい。でも、それも今日まで。明日からまたラジオに起こされる日々が始まる
15年前の朝
朝6時50分に家をでる。サラリーマン生活がまた始まったのだ。玄関のドアを開けると、まだ夜の明けきらない深い紺色の空に、冴えた三日月と明るい星がペアになって輝いている。なんだか今年を暗示しているような妙な感じがした。(2000年1月4日の日記)
15年前、ぼくは会社を辞めた。あの日、ぼくと家族3人は堤防に座って冬の海を見つめていた。これから何をするか何も決めてなかった。だれも口をきかなかった。あの時の風景はぼくの記憶の中で止まったまま。そして今日、15年前のあの堤防にやってきた
昼食はいつものハーブ園でトマトのリゾットを注文
デザートは、ヨッパライ某がカボチャプリン
ぼくはいつものようにハイビスカスのシャーベット
店の奥の部屋は、なぜか今は鉄道模型が走っている
走っている
植物園にも寄ってみた。チューリップがきれい
ロウバイが咲いているよ、と教えてもらったので行ってみた
昼のイルミネーション
怪獣池にも寄ってみた
初ソフト
ホームセンターに寄って、先日大掃除のときに修理項目としてチェックしておいた、流し台の引出しのスライドレールを購入
傷んだ引出しのスライドレールを取り外し、新しいのに交換。快適に引出せるようになった
A LONG VACATION 6日目
昨日まで地表を覆っていたネズミ色の雲がやっと取れてきたので冬眠から覚めたムーミン気分でドライブに出かけた。行き先は芸もなく例によっていつもの山を越え、いつもの信号を左に曲がり、ずーっと走ったあのあたり
あのあたりの漁港近くの店で昼食。普段は安い方の寿司しか食べないのだけど、年に一度の正月ということで、上ずった声で高い方の寿司を注文。ウニを切らしているとかでイクラが二つ入っていた。次にこれを食べるのはたぶん一年後の正月
いつもの海辺のレストランに行ってみた
昨年植えたパパイヤはすくすく育って、あとはぼくの口に入るだけになっていたのだが、マスターの話によると、果実はどんどん生るのだけど完熟しない、とのことであった。冬に実をつけたのがまずかったのではないだろうか
76歳になったそうだ。一人で寂しくないか聞いてみると、ウツになりそうなくらいだ、とのことだった。大阪に家はあるのだけど、あそこでは木を切ったり畑を耕したり、自然と遊ぶことができないからなぁ、って
帰り道、いつものように峠で運転を代わり、車を降りて旧伊作街道に分け入った
くどいようですがシェーをしているわけではありません
踊っている木を発見。そういえば昨夜、某国営放送で「100分で日本人論」というのをやっていたが、こうしてだれもいない日暮れの山道を一人で歩いていると、番組の論客たちの言わんとしていたことが実感としてわかってくる。ああ、ぼくも日本人の端くれだ
ふもとに到着。だれもいない道って、どうしてこんなに楽しいのだろう









