ハイク
海の記憶
水の惑星
山の向こう
朝から冷たい風が吹いていた。寒い日は外に出るのが億劫だ。でもヨッパライ某が店のお客さんから奇妙な情報を仕入れていたので、そこに行ってみよう、ということになった。なんと、あそこのあのあたりに鍾乳洞がある、というのだ。まさかそんな。沖永良部の鍾乳洞には行ったことがあるが、県本土に鍾乳洞があるなんて聞いたことがない。
現地の近くで昼食をとり、ヨッパライ某の案内で海沿いのどん詰まりにある神社に車をとめ、そこから山を登った。彼女によると、この山の向こうに鍾乳洞はあるという。
ぼくはまったく信じてなかったが、山道には興味惹かれるものがたくさんあったので、いちいち立ち止まっては観察しながら山を登った。
頂上にある展望所からの眺め
海の色がすてきだった
展望所から鍾乳洞は見えなかった。しかし、ヨッパライ某はまるで何かに取りつかれたように、展望所の先にある怪しい小道をずんずん歩いていった。ぼくはめんどくさかったので行かなかったが、しばらくすると、崖だった、としょげて帰ってきた。おそらく、海に接する断崖に鍾乳洞のような様相を呈した洞窟があるのだろう。船に乗って海側から見れば発見できるかもしれない。
駐車場に車をとめ、港町を歩いて探索した
昨年オープンしたレンガ造りの施設にも寄ってみた
見覚えのある少年が写真を撮っていた
夢の中のぼくはぼくではなかった
変な夢を見た。いつの間にかぼくは散髪屋のイスに座っていた。ぼくの後ろで妙に存在感の薄い男がぼくの髪を切っていた。ふと鏡を見ると、ぼくの後頭部は切りすぎて大きなハゲになっていた。なんてことをしてくれたんだ!と、ぼくが怒鳴ると、存在感の薄い男は小さな声で、じゃあこうしましょう、といって指揮者のような手つきでハサミを動かした。しばらくするとぼくの頭はモヒカン刈りになっていた。だが問題はそこじゃなかった。ぼくはその髪型が気に入ってしまったのだ
エメラルドの伝説
迷惑な同居人
分け入っても分け入っても青い山
なにがおもしろいか、また、楽しいか。それは「分け入ること」なんじゃないか、と、最近よく思うのです。分け入るにはきっかけがあるのですが、最近では以下に記すマルセル・デュシャンとガウディの言葉がそれでした。分け入って歩いているうちに新たなきっかけが生じ、身を転じてさらに分け入っていく。そして分け入った先はその常として瑞々しく、青々と輝いているのです。
創造は人間を通して絶え間なく働きかける。しかし、人間は創造しない。発見する。新しい作品の為の支えとして自然の諸法則を探究する人々は創造主と共に制作する。模倣する人々は創造主と共に製作しない。それゆえ独創とは起源に帰ることである。(ガウディ)








