君の膵臓を食べたいを読んで思わず怯んだひとこと

「君にとって生きるとはどういうこと?」

との問いに、彼女はこう答える。

「誰かと心を通わせること」

マルティン・ブーバーが「我と汝・対話」で言いたかったことを一言で言えばコレなんじゃないか。つまり、生きるとは誰かと心を通わすこと。さもなくば君は自分と出会うこともない。

〈われ-なんじ〉関係における人間の在り方

磁気嵐

太陽で大きなフレアが発生したらしく、朝からどーもチョーシがわるい。ニュースによると、明日の午後には電気を帯びたツブツブが降ってくるという。ただでさえ憂うつなのだから、変なものを降らせないでほしい

映画が先

君の膵臓をたべたい。ぼくは映画を先に見て、そのあと本を読んだのだけど、どちらもそれぞれにおもしろかった。ヨッパライ某は本を読んだあとで映画を見たのだけど、本の方がずっとよかった、と言っていた。原作を読んだあとで映画を見ると、削られているところや改変されているところが目について残念な気持ちになることがある。本が先か映画が先か。悩ましい問題だ

雨の街

ヨッパライ某が映画を見たいというので久しぶりに街に出た。君の膵臓をたべたい、という物騒なタイトルの映画で、ヨッパライ某はこの原作を20回以上読んだのだという。そんなにおもしろいの?と聞くと、うん、わたし的にはね、とのことだった

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映画館を出ると雨が降っていた。青い染みのような喪失感が心のどこかに薄く広がっていた。女の子のあるセリフがそうさせたのだ。秋風が吹きはじめるこの時期に見るにはちょっと辛い映画だった。
近くのパスタ屋でスパゲッティでも食べようと歩き出したが、入り口のシャッターに「今日は事情により休みます」との貼紙が。最近、こんなことが多い。しかたなくビクター犬のいる洋食屋に行き、オムライスを頼んだ。主人公の女の子はこの小さな旗を見て、なんていうだろう

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本屋をぶらついてるうちに、いつもの自分に戻り、カキ氷を食べて家に帰った

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夕食後、ヨッパライ某から本を借りて、あのセリフを探し始めたが、背後にふと冬の気配を感じて本を閉じた

青い花

宇宙の不思議、という本を読んでたら、その巻末の解説に次のような詩が紹介されていて、ちょっと感動。

ウィーン大学におりました時に、ふと立ち寄った本屋がございました。モーツァルトのお葬式をやった寺院のすぐ横にある本屋ですが、ノヴァーリスの詩集を見つけました。その時、頭の上からもの凄い光の矢が脳天を突き刺したような感動を覚えました。こんな詩があったんです。

すべてのみえるものは、みえないものにさわっている。
きこえるものは、きこえないものにさわっている。
感じられるものは、感じられないものにさわっている。
おそらく、考えられるものは、考えられないものにさわっているだろう。

著者によれば、原文に忠実に訳せば「さわっている」ではなく、「ひっかかっている」になるそうです。

すべてのみえるものは、みえないものにひっかかっている。
きこえるものは、きこえないものにひっかかっている。
感じられるものは、感じられないものにひっかかっている。
おそらく、考えられるものは、考えられないものにひっかかっているだろう。

ぼくは写真を撮るのが好きだけど、この「みえないもの」「きこえないもの」「感じられないもの」「考えられないもの」を写そうとしている気がします

さらば夏のサソリ

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さそり座のSが西に大きく傾いている。その上にあるのは土星。今日は天の川がよく見える。ぼくはアイスクリームを食べながら、それを眺めている