今日は3回目の貯血。これが最終回。今回もやはり貧血のため、貯血のあとで造血剤の注射を打つことになった。ぼくが貧血だなんて、ちょっとびっくり。バスに揺られ、家に帰りついたのがお昼前。ヨッパライ某が食事を作っている間、庭で花や苗の写真を撮っていたら、金曜日の男が遊びにやってきた
再起動後にぼくは
雨の音で目が覚めた。時計は5時50分を指している。仕事を辞めたので、することが減ったかというと、今のところそうでもない。片付け、家や家具などの補修、庭の手入れなど、ほとんど休むヒマがない。ヨッパライ某からは、じっとしていなさい、と、うるさく言われ続けているのだが。動き回っているせいで夜10時頃になると眠くてゾンビ状態。早く寝ると、やはり早く起きてしまう
写真編集ソフトを新調したところ、現像処理にやたら時間がかかるようになった。今まで使っていたソフトだと写真一枚当たり数秒で終わっていたのが、例えば上のアジサイの写真だと3分50秒もかかる。カメラの画素数が多いせいもあるが、現像処理に今はやりのAIを使っているからそうなるらしい。暗部のノイズが劇的に減るなど、たしかに画質は素晴らしい。もう前のソフトには戻れない。でもさほど重要でもない作業に残り少ない貴重な時間を使いすぎるのは痛い
というわけでグラフィックスカードを注文し、それが今日届いた。パソコンのふたを開け、カードをPCIスロットに挿す。ドライバーをインストールして再起動。結果、3分50秒かかっていた現像処理が14秒に短縮。16倍速くなった。機械は部品を足したり交換することで性能が上がる。ぼくは来月心臓の部品を交換するが、10年若返るつもりでいるのだった
ペンキ塗り日和
庭と時間
バスに揺られて その2
初期化中なのです
夏の準備
白い跡が残った
むぎわらをかぶって朝の読書。生活のリズムは大きく変化したが、朝、コーヒーを点てる習慣は変わらない。むかし、河合隼雄が生活に儀式的なものを取り入れることの意義を何かに書いていたが、コーヒーを点てるのも、その一つだと思う
しかし、近代までは人間は常識のみならず儀式や祭りなどによって非日常の場を設定し、元型との対応をはかってきた。 — 中略 — しかし、近代になって自我=意識を尊重するあまり、そのような儀式や祭りを非合理なこととして排除したり、拒否したりしてしまった。その結果、元型的イメージが日常の世界において突如として個人に襲いかかるようなことになってきたのである。集団的な祭りをできなくなった現代人は、このために、個人として個人の祭りを日常生活を保ちつつ行うという難しい状況に立たされることになった。
河合隼雄著「イメージの心理学」イメージと元型 より
ヒマワリの芽が出た。三つ植えて、一つ残して間引きしろ、とのことだったが、三つ植えて三つ芽が出た。なんだかかわいそうで、なかなか間引きできない
お昼前、店に出かけて行って、コーヒー焙煎機を引き取りに来る業者が来るのを待った。業者が来て作業をしている間、近くを流れる川に散歩に出かけた
小学校のころ、この川でよく遊んだ。ハエ、エビ、ハゼ、ダンマエビ、ウナギもいた。でも、だんだん汚くなって臭くなったので、あまり近寄らなくなった。でも今日、川面を見ながら歩いたけど臭くなかった。最近見なかったダンマエビもいた
コーヒーを焼く機械も無くなった。白っぽい跡が残った
風呂から上がって屋上に出た。ひんやりした夜風が気持ちよかった。西の空に細い月が浮かんでいた
青空
バスに揺られて
来月の手術に備え、貯血をするためバスに乗って病院に向かった。1週間おきに400ccを3回、計1.2リットル。バスを使ったのは血液を採った後で貧血を起こす可能性がある、と言われたから。最近自分の体力に自信がない。そのせいで人の忠告を素直に聞けるようになった。ぼくも大人になった
貯血が終わった後、病院近くの山にある遊歩道をブラブラ。万が一貧血を起こして転んだりしたらヨッパライ某にブツクサいわれるので展望台までは上らず、途中で引き返し、その下にある施設内をうろついた
施設の庭で本を読んでいる学生
12時10分のバスで帰宅。約1時間かかった。バスの中では本を読んでいたのだけど、意外と集中して読めるので次回もバスで行こうと思う
注文してあったブラインドが届いた。営業中、店内は昼間も照明をつけていたので、この窓は雨戸でふさいであった。今月から昼間は照明をつける必要がないので、雨戸を開け、採光することにした。でも西日が強いのでブラインドを設置


































