病院暮らしもいよいよ今日まで。明日の朝退院。振り返ってみると、意外と新鮮で充実してたような気がする。ある朝、洗面所でヒゲを剃っていたら、通りがかった若い看護師が、それ、パナソニック?って聞いてきたので、だよ、って答えると、それ、お父さんに買ってあげたんだ、と言いながら通り過ぎていった。なんだか不思議なところに来てしまった気がした。後でそれが父の日のプレゼントだったと気付いたのだけど。看護師たちと約1ヶ月一緒にいて感じたことは、ここには独特な文脈の流れがあって、その軸になっているのが母性だってこと。ぼくの考える母性とは、非論理的でつかみようのない得体のしれないコントロール不可能な恐るべきものであって、それを前にしての最善の態度は、無防備な幼児になりきること。ぼくはここに居る間そのようにしてきたと思う
箱の中
体調が戻りつつあるせいか 、じっとしているのが苦痛になってきた。スクワットをしたり階段を上ったり降りたりしているけど、無駄なことをしている感じが付きまとってモヤモヤする。すぐ近くに山があるのに、ここから出られないのは悲しい
リセット
昨日は手術後に発生した心房細動(不整脈)をリセットするということで、点滴を受けながらストレッチャーに載せられ、まるで重病人になったような優越感を味わいつつ院内を風のように移動。まずエコーを撮り、次にリセットをする処置室へ。麻酔をかけられると、あっという間に意識が遠のき、間髪入れずに「終わりましたよ」との声。なんだかキツネにつままれた気分。処置にどれくらい時間がかかったのか分からないが、ぼくはその時間を共有できなかった。完全にゼロ
どうしてぼくはここにいるのだろう
痛いのは美学では防げない
今日の担当の看護師さんが、よく眠れますか?って聞いたので、傷が痛くなって目が覚める、ベッドマットの芯材が硬くて長く寝てると尻が痛くなる、と話すと、マットを替えてみましょうか?との返事。マットを替えてくれるなんて思いもしなかったので、驚きつつも、お願いします!といった。今、そのマットに寝そべってこれを書いているけど、沈んだ尻が芯材に当たることなくチョー快適。ぼくはブツブツ言うよりはガマンする方だ。それは一見美徳のように見える。でも実際は、単にコミュニケーション能力が欠如しているだけかもしれない
アイスクリームに関する哲学
夜と朝の間に
ICUを出て以来、毎晩2~3時間おきに目が覚める。すぐに寝付くのだけど、2時間ほどで体のあちこちがしびれ、痛くなって起き上がる。廊下を散歩したりトイレに行ったりして痛みが引いてきたら、また寝る。すぐに寝付くのだが、2~3時間後に体が痛くなってまた目が覚める。このサイクルが朝まで続く。原因は胸の傷。長く寝ているとなぜが痛み出し、寝返りが打てなくなる。看護師は痛み止めを出すから無理せず飲んで下さいというのだけど、なんとなくカッコ悪い気がして断っている。
じっとしているのはとても疲れるのです
主治医の話では、いつでも退院できる状態だけど、不整脈が少し出ているので、もう少し様子を見たい、とのことだった。ぼくとしては明日にでも家に帰りたいのだが、心臓が勝手にやっていることなのでどうしようもない
アイ スクリーム
微熱少年の午後
今の病室に移る前、入口のベッドに高齢の男性が寝ていて、天井の一点をまばたきもせずじっと見つめていた。その目が今も忘れられない。あれは未来のぼくだ。その時なぜかそう思った。未来のことは分からないが、ここにいると、これまでとは違う未来が時々見える




