サムデイ

ネットで「村上龍さんとの思い出を語った幻冬舎の見城徹社長(報知新聞社)」という記事を読んでたら次のようなくだりがあって、興味深かった。


共通の友人だった坂本龍一さんとは、3人でよく酒を飲んだ。酒席が終わりを迎える頃、村上さんは決まって佐野元春の「SOMEDAY」を歌った。「村上龍の『SOMEDAY』は本当にうまいんです。美大出身で絵の才能もあったけど、ドラムをやったり音楽の素養もあった」。村上さんが同曲を十八番にした背景には強い思いが込められていたという。「彼は常に『いつの日か』という思いを抱き続けながら生きていた」


「村上龍の『SOMEDAY』は本当にうまいんです」とあるが、ぼくは歌ったことはないけど、この歌を上手に歌うのはかなりむつかしいと思う。よほどの思い入れがあったんだと思った。彼の短編集「トパーズ」には、サムデイ、という作品が収められていて、その終わりに「君を見ていると昔好きだった歌を思い出すけどね、とてもいい歌なんだよ」どんな歌?「ステキなことをステキだと無邪気に笑える心が好きさ、っていうんだ」何て歌?「サムデイ」 という会話がある

雨の金曜日

朝から雨が降っている。観葉植物を外に出して雨にあてる。観葉植物の葉に当たる雨の音が、寝ぼけた耳に心地よい。スイレン鉢を見ると、葉っぱの上に何かきたないものが載っているように見えた。よく見るとそれはイボガエルだった。子供の頃、こいつを素手でつかんで手のひらに小さなイボができたことがあった。アマガエルは好きだったが、こいつはいつまでも好きになれなかった。それにしても、なぜこんなところにいるのだろう。ここは高台にある団地で、近くに川や池はない。ワープしてきたのだろうか。ナメクジがワープすることは科学者の間でもよく知られているが、イボガエルにもそのような能力が備わっているのかもしれない。昼頃、金曜日の男が人生に疲れたような顔をしてやってきた。熱いコーヒーを淹れると、それをドラマの主人公のような顔をしてうまそうに飲んだ

シンデレラムーン

今夜は街明かりが届かないところで天体写真を撮影する予定でいた。月齢6.5、天気もいいし風も弱い。これまでは自宅から南に向かう100円道路に乗り、1時間ほど走ったところにある山の上の街灯のない公園で撮影していたが、ちょっと遠いので前から目星をつけていたダム近くの広場で一度試してみようと思っていた。ここは30分くらいで到着する。夜、出発する前に、現地を調査しておこうと思い、出かけようと外に出ると某火山の灰が降っているではないか。しかも、灰はぼくが行こうとしている方に向かって流れている。なんてこった。ここしばらくこちらでは灰は降っていなかったのに。今日の撮影は取りやめることにした。

ふしぎな出来事

お昼過ぎ、コーヒーを点てて屋上でコーヒーを飲んでいた。空は嫌な感じに曇っていた。口にするコーヒーは熱かったが、ぼくの中を冷たい秋風が吹くのを感じていた。こんなときは内省過剰になって、したくもないのに人生を振り返ってしまう。結局一人なんだと。誰もそれに気づかないだけだ。カップの犬はそんなぼくを見て笑っている。本当のぼくを知っているのはこの犬だけだ。ここ数日、ある曲を聞きたいと思っていた。その歌詞に幾たび慰められたことか。部屋に戻り、昨日設置したラジオのスイッチを入れる。すると聴こうと思っていた曲が、それも冒頭から流れ始めた。鳥肌が立った。ちあきなおみの紅い花。ぼくを分かっているのは犬だけではなかった

ノスタルジー

犬が笑う。バカだなお前、またつまんねえことで悩んでるのか?

数日前に買いかけたラジオのことが忘れられず、ヨッパライ某の母からもらった壊れたラジカセを引張り出し、寝室のコーナーボードに設置した。コンセントにつなぐとラジオが昭和の音で鳴り出した。流れ出した曲は古いフォークソングだ。国営放送はまだこんなのを流しているのか。軽く30年以上タイムスリップしてしまった。CDは壊れて使えないが、ラジオとカセットは使える。それにしても音が悪い。耳が病気になりそうだ。試しにラジカセの下にオーディオ用のインシュレーターをセットしたところ、音の明瞭度が格段に上がり、普通に聞ける音になった。ちなみにソルボセインというソフト系のインシュレーター。ハード系も試したが、ラジカセとの相性は良くなかった。若いころカーオーディオで聴いていたカセットテープを納戸から持ち出してきて、しばらくあの頃の思い出に浸った。ノスタルジジー。
「われわれはいつも恋人を持っている。彼女の名前はノスタルジーだ」
ヘミングウェイ

音楽はココロのごはんです

昼過ぎ、ヨッパライ某とチェロコンサートを聴きに行った。三列目の席で、少し見上げるようにして聴いた。

近くで聴くと演奏者の表情がよく分かる。よく眠れなかったのか、まぶたの腫れた人もいる。聴く側は気楽なものだが、演奏者は必死だ。演奏者とたまに目が合うことがあるので、ぼくもできるだけ真剣な顔をして鑑賞した。もちろん演奏は素晴らしかった。こころにこびり付いた汚れが少し落ちた。よーな気がする

晩秋

今朝はアジアのコーヒー。インドネシアのトラジャ

昨日、金曜日の男からもらった生イモは昼前には焼きイモになっていた。皮をむくと仄かに昭和の秋の匂いがした。今日は使わなくなった電化製品を業者に回収してもらった。やれやれ、これで家の中のブツが少し減ったぞ、と安堵する間もなく、古いステレオラジオが欲しくなって、危うくsonyのMS-3400という木目調の据え置きラジオをメルカリでポチるところだった。というか「購入する」ボタンを押してしまったのだ。すると「スマホに送った認証番号を記入してください」という画面が出たのでスマホを探すが見当たらない。それを探しに行っている間に理性が戻り、ステレオラジオの購入は見送られた。学生の頃、sonyのMS-3200というステレオラジオを使っていたのだが、なぜか急にあの頃が懐かしくなって欲しくなったらしい。生前、父がテレビショッピングで使わない電化製品などをいろいろ買っていたが、ぼくもその境地にたどり着いたようだ。

終活の記録 その4

これは何かというと、鉄ですね。ぼくは一時オーディオに狂っていて、教祖はイガグリ頭の長岡鉄男という人でした。教祖はアンプに大きな鉛のインゴッドを載せており、こうすれば音がよくなる、とのことで、ぼくも驚きつつさっそくマネをしたところ、はっきりわかるほど音がよくなったのです。調子に乗って重さ30kgくらいのコンクリートの板をアンプに載せて音楽を聴いていたところ、ある日アンプが火を噴き、修理に出すハメになりました。この鉄はアンプの下に敷いていたもので、重さ70kgほどあります。

若いころは力もあり、重い物も手作りのオーディオラックに一人で設置していたのでしたが、音楽もyoutubeで聴くようになった今、これらは無用の重物なってしまいました。というわけで、これらの鉄塊を死ぬ思いで玄関まで運び、ちょうど金曜日の男が来たので彼に手伝ってもらって、ヒーヒー言いながら車に積込みました。海の近くにあるクズ鉄屋に持って行ったところ、全部で160kg、相場が1kg43円ということで6,880円いただくことができました。

ダークサイド

今日届いたコーヒー豆。麻袋に変な絵が印刷されていることはよくある。これも最初なんの絵か分からなかった。産地が分かっていれば、あ、そうか、ってことになるのだが

この袋には虫嫌いが思わず後ずさりしそうな巨大な昆虫が印刷されている。気の弱い女性は2メートルくらい離れて通るだろう

ぼくは一昨日、自分の中にあるダークサイドを見てしまった。それは深く、暗く、醜いものだった。できれば見たくないものだった。しかし今思えば、それを見、知ることでしか得られないものがあることにも気づいた。今夜はまじめな話で締めくくることにした