愛のハブラシ その2

ずいぶんむかしの話。遠藤周作著「ぐうたら怠談」に吉永小百合との対談があって、その中で遠藤周作が結婚を間近に控えた吉永小百合に次のような質問をしていた。


周作 それなら君はいま、彼の使った歯ブラシを使えるか。たとえ彼がシソーノーロウでも。
小百合 (即座に強く)それは使えるわ
周作 (驚いて)えっ、本当か。
小百合 ええ。


ぼくはこの問いの意味がよく解らなかった。遠藤周作がなぜ驚いたのかも。恋人同士、夫婦間なら同じ歯ブラシをふつうに使えて当然、と思っていたし、事実、そうしていた。
何年か前、ふとこの対談を思い出し、新婚ほやほやの常連のお客さんに聞いてみた。
「彼の歯ブラシ、使える?」
「無理!」
即答だった。
以来、何度か親しいお客さんに聞いてみたが、答は芳しくなかった。

レモンイエロー

誕生日の夜、ワインを飲みながらヨッパライ某が言った。
何か欲しいものはないの? 欲しいものがあったら買っていいよ。
ぼくはしばし思いをめぐらせ、そして言った。
ない
ふーん、歳をとったね、と、ヨッパライ某は言った。
いや、今はカタチのないものが欲しいんだ、とぼくは言った。

20代の頃からずっと欲しいものはあった。そしていつか手に入れるつもりでいた。それはレモンイエローのポルシェ。20代の頃、知人が貸してくれた松任谷由実のビデオクリップ集に、一瞬、ポルシェが出てくる。それがぼくの脳裏に焼き付いて離れなかった。今日、久しぶりに見てみたら、ポルシェはレモンイエローではなく、白だった。見なきゃよかった。ぼくは大事なものを壊してしまった。

恋を忘れた哀れな男に

外は冷たい風が吹いていた。ぼくはヒマを持て余してやってきたようにしか見えないバイク少年と、最近読んだ本の話をしていた。そこに、いかにも悩みを持て余しているといった表情のお客さんがやってきてこう言った。
いま、ある絵描きの個展に行ってきたんだが、そこに展示してあった絵が欲しくなってしまった。どうしよう。買うべきか、買わざるべきか。
これは例えば、ある会合でたまたま出会った女性に一目ぼれをしてしまって、ドライブに誘うかどうか迷うのに似ている。つまりこれは、あなたがとっくに忘れてしまった、いわゆる一つの「恋」

シンクロニシティな午後

3時を少し過ぎたころ、油絵を描いてる某画伯がやってきてカバンから小さな箱を取り出し、カウンターに置いた。
それ、くれるの? と、ぼくは言った。
うん、と、画伯は言った。
数日前、ぼくは某神社に梅を見に行った帰り、食堂裏の売店でボンタンアメを買おうとした。しかし兵六餅は山積みだったが、ボンタンアメは売り切れていて買えなかった。という話をしたら、
おお、シンクロニシティやね!と画伯は言った。

桜はまだかいな

起床9時20分。寒くて布団から出られない。今日は珍しく何も用事がない。いつまで寝ててもだれも文句は言わない。だけど貴重な休日を寝て過ごすのはもったいない。ヨッパライ某を誘って近くの公園に出かけた

何かイベントをやってるらしく、車がたくさん集まってきている。広場にはキッチンカーが10台くらい並んでいて、それぞれに行列ができていた。時折雪が舞う中を背中を丸めて歩く。

ぼくの目的は、カワヅザクラ、ダンリュウザクラ、そしてウメの写真を撮ること。でも、サクラは全く咲いておらず、ウメがほぼ満開。甘い匂いを漂わせていた

寒かったので、夜はナベになった