投稿日: 2007年8月5日 日曜日 投稿者: spoon特殊相対性理論 ぼくはイスにすわって本を読んでいる。店にはだれもいない。だれのためにでもないピアノが流れていて、ぼくは変化が起こるのを待っている。それはたとえば、さきほどお客様がくださったコニャック入り手作りの生チョコが、ぼくのためにすばらしくおいしく変化する、といった類だ。もちろん、生チョコの味が変化するわけではない。ぼく自身が変わるということ。ぼくが変われば生チョコも変わる。生チョコが変わっても世界は変わらない。
☆かずさん なるほど。でも、これはだれがなんと言おうと「特殊相対性理論」でなくてはならないのです。デュシャンのあの作品名が「階段を下りる裸体」であるのと同じ意味で(笑) ☆マスターさん、しかし観測点をどこに持ってくるかが問題ですね。ぼくの場合、光の立場から観測していると仮定していますがよ。 ☆ASAKOさん、これはゲームではありませんが、負けるが勝ちかもしれません。
◎
△
なぜ、「一般相対性理論」ではなく、「特殊相対性理論」にされたのか、、、。生チョコが変わっても、世界は変わらない、というくだりのためですか!?
私とスプーンさんが光速度で変わり続けるならば
地球から見た私達は破滅に向かう二人。
しかし、二人の間では、地球が時を止め永遠を約束された二人。(はぁと)
×
これは○×ゲームですね。。(笑
小さい頃よく負けてました。。。 ・・・・・・・( ^-^)_且~~~
☆かずさん
なるほど。でも、これはだれがなんと言おうと「特殊相対性理論」でなくてはならないのです。デュシャンのあの作品名が「階段を下りる裸体」であるのと同じ意味で(笑)
☆マスターさん、しかし観測点をどこに持ってくるかが問題ですね。ぼくの場合、光の立場から観測していると仮定していますがよ。
☆ASAKOさん、これはゲームではありませんが、負けるが勝ちかもしれません。