土曜の午後、人生の午後について考える

冷たい風が吹いていた。春なのに。
お昼の弁当を食べた後、リンドバーグ夫人が書いた「海からの贈物」というエッセイを読んでたら、文中に「人生の午後」という言葉が出てきて、ふと我に返った。
心理学者、ユングの言葉に
「人生の午前の法則を、人生の午後に引きずり込む人は、心の損害という代価を支払わなければならない」
というのがあるそうです。以前、このブログに書きましたが、河合隼雄は「対話する人間」で次のように書いてます。


ユングは、「人生の後半」を非常に強調しました。人生を前半と後半とに分けて、前半の課題と後半の課題を分けて考えたらどうか、というのです。前半は、自分がこの世にしっかり生きていく、この社会の中に完全に受けいれられる、あるいは社会の中に貢献するということをやっていくのだけれども、次に非常に大事なことは、その自分は死ぬわけですから、今まで夢中に生きてきたけれども、自分はいったい何のために生きているのだろう、これからどうなるのだろう、いったいどこへ行くのか、といった問いかけに対して答える仕事が、われわれの人生の後半にあるのではないか、というのです。


そんなわけで弁当を食べた土曜の午後、ぼくは好きな音楽をかけ、熱いコーヒーを飲みながら、俺、何のために生きてんだろーな、みたいなことをぼんやり考えていたのであります。