答えのない問い

老サラリーマンよ、現在のぼくの僚友よ、ついに何ものも君を解放してはくれなかったが、それはきみの罪ではなかったのだ、きみは、かの白蟻たちがするように、光明へのあらゆる出口をセメントでむやみにふさぐことによって、きみの平和を建設してきた。きみは、自分のブルジョア流の安全感のうちに、自分の習慣のうちに、自分の田舎暮らしの息づまりそうな儀礼のうちに、体を小さくまるめてもぐりこんでしまったのだ、きみは、風に対して、潮に対して、星に対して、このつつましやかな堡塁を築いてしまったのだ。きみは人生の大問題などに関心をもとうとはしない、きみは人間としての煩悩を忘れるだけにさえ、大難儀をしてきたのだ。きみは漂流する遊星の住民などではありはしない。きみは答えのないような疑問を自分に向けたりは決してしない。要するにきみは、トゥールーズの小市民なのだ。何ものも、きみの肩を鷲掴みにしてくれるものはなかったのだ、手遅れとなる以前に、いまでは、きみが作られている粘土はかわいて、固くなってしまっていて、今後、何ものも、最初きみの内に宿っていたかもしれない、眠れる音楽家を、詩人を、あるいはまた天文学者を、目ざめさせることは、はや絶対できなくなってしまった。

「人間の土地」堀口大學訳 より


ちなみに渋谷豊さん訳「人間の大地」ではこうなっている。

「君はもはやさまよえる惑星の住人ではない。君は答えのない問いを自分自身に投げかけることはできない」


ここ数か月、本を読もうという気分にならなかった。何冊か読んだけれども、わくわくするようなことが起きない。年のせいかな。でも昨日、久しぶりに堀口大學訳「人間の土地」を手に取ったらすぐに引き込まれてしまい、なんだか生き返った気がした