寒い一日だった。低く垂れ込めた雲から冷たい雨が落ちてくる。ムーミン谷から吹き出した氷点下の冷気がこの街を襲ったのだ。ああ、気分はアイルランド。こんな夜は鍋に限る。もうもうと湯気が立ち昇る鍋のなかを箸でぐりぐりまさぐると、うおーっ!こ、これはドブネズミのシッポ!という話はあの某スポコン劇画で一躍有名になった闇鍋の世界。といった話は別の機会に譲るとして、ぼくは時々不思議に思うのだが、一般に日本女性は大根を煮たのが大好きだ。然るに女性が仕切った鍋では大根が不必要に幅を利かせていたりする。早い話、ぼくは大根を煮たのは嫌いではないが、特に好きでもないという話なのだ。もしかすると既に経験のある不幸な方もいらっしゃるかもしれないが、熱い大根は危険でもある。煮た大根はそのむかし犬の歯を抜き取るのに利用されていたのをご存知だろうか。以下、伊丹十三著「女たちよ!」より抜粋。
犬の歯を抜き取る法である。これはごく簡単なものだ。すなわち、大根を厚切りにして、だし汁の中でぐらぐらと煮る。芯まで熱くなったらこの大根を犬に食わせればよい。犬がぱくりと大根をくわえる、と、熱のために歯がすっかり抜けて大根の中に残る、というのだ。
当然ながらこれは人間にも応用が利く。もしあなたが歯を抜く必要があるときは、煮えたぎった厚切りの大根をぱくりと噛めばよい。しかし、歯を抜く必要のない方は、くれぐれも熱い大根を噛まないよう、気をつけなければならない。なお、これを読んで歯を抜こうと試み、火傷を負ってもぼくは知らない。