「ごめんね」

午後6時半。
時折、窓ガラスに吹き付けられたアラレがパラパラと音を立てる。今夜は吹雪になるかもしれない。こんな荒れ模様では、お客様も来ないだろう、と、思っていたところに常連のIさんがいらっしゃった。
「今夜は積もるでしょうね」と、ぼくは切り出した。
もし雪が積もったら、明朝、車での出勤はよほど気をつけなければならない。Iさんは今年の元旦、凍った路面でスリップ事故を起したそうだ。Iさんは山登りが好きで、林道を走ることも多く、いつも4輪駆動車に乗っている。
その日、Iさんは奥様を助手席に乗せて山道を走っていた。道は凍っていた。坂を上り切り、下りになった時にハンドルが効かなくなった。コントロール不能に陥った車は斜面に乗り上げて横転。上下逆さまになって止まった。Iさんはかすり傷ですんだが、奥様は頭を切り、救急車で運ばれた。本人は覚えていないそうだが、奥様の話によれば、車がコントロールを失って横転する直前、Iさんは奥様に言ったという。「ごめんね」と。
なお、車は廃車になったが、車両保険に入っていたおかげで前より上等の車が買えたそうだ。

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