name

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言葉にすると、消えてしまうもの。弱くなるもの。
最近、そのことをよく思う。
言葉にすると見えなくなってしまうもの。
簡単なことなのに
今ごろ気づいた。
たとえば名前。
名前をつけると、消えてしまうもの。弱くなるもの。
名前をつけると見えなくなってしまうもの。
だから
ぼくに名前がなかったらいいのに。

ぼーっと海を見ていた午後

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ぼくは海に向かっていた。峠を超え、道が下りになったあたりから青空が見えてきた。港のそばの魚料理店で昼食をとったあと、海に面した某美術館に向かった。美術館の屋上で塀にもたれ、なにも考えず、ぼーっと海を眺めながらコーヒーを飲んでいた。すると、美術館の中庭で、なにやら大声がする。屋上から、中庭の人に「なにかあったんですか?」とたずねると、受け付けのご婦人と、棒を持ったオジサンがぼくを見上げ「ヘビが出たんですよ」と言った。おもしろそうなので行ってみると、パティオ横の厨房に据えてある冷蔵庫の後ろにヘビが逃げ込んだとのこと。冷蔵庫の隙間から奥を覗き込んだが、何も見えない。
「冷蔵庫を引っぱり出しますから、よく見ててください」
ぼくは棒のオジサンにそう言うと、満身の力を振り絞って冷蔵庫を引きずり出した。
「いた!」オジサンは叫んだ。見ると、1メートルくらいのアオダイショウが壁際で体をクネらしている。ぼくはオジサンの棒を借りてヘビを引っ掛け、中庭に放り出し、靴で頭を押さえつけてビニール袋に入れた。「これ、どうします?」というと、オジサンは「こちらで処分します」と言って、ヘビ袋を受け取った。やさしそうなオジサンだったので、山に帰してあげたかもしれない。ぼくは再び屋上に上がり、コーヒーを飲みながらぼんやり海を眺め、体にエネルギーが戻ってくるのを待った。風邪は治ったものの、体調がなかなか戻らない。ぼくのカラータイマーはまだ点滅し続けている。今日は定休日を利用し、体調を戻す目的でドライブしているのだった。美術館の帰り、吹上浜にも寄ってみた。砂丘にはハマゴウやノブドウが広がっており、ノブドウは満開だった。そのみすぼらしい花にジャコウアゲハがたむろしている。花のそばでじっとしていると、彼女らは恐れずに寄ってくる。ぼくのシャツの柄が花に見えたのかもしれない。しばらくすると、ぼくは彼女らと同じ絵の中にいるような、幻想的な気分になった。それはエミール・ガレのガラス器「日本の夜」に描かれている不思議な蛾の群れの中のよう。

アイス曇り

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「曇った空に、ブラックモンブランは似合わないわ」
君は笑顔でそう言ったね。
今でもおぼえてる。あのときの君の横顔を。
ぼくはなにも考えず、ただ笑ってうなずいた。
でも、君はほんとうは笑ってなんかいなかったんだ。
君はそれきり、電話に出なくなった。
あれがさよならの言葉だっただなんて。

空のコマンド

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もう灰色の空には飽きてしまった。
ぼくはポケットからリモコンを取りだし、空に向けてボタンを押した。
 上 上 下 下 左 右 左 右 B A

三分の二

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よく降る雨。知られたくない何かを洗い流そうとするように。
踊り続ける小さな雨。
一楽章が終わり、二楽章も終わる。
そしてワルツ。雨と一緒にぼくも踊る。
※ しばらくコメントにお返事できそうにありませんので、コメント欄を閉じます。

やわらかなもの

吹く風が心地よい。どうやら風邪が治ったようだ。風邪をひいている間は、いろんなものが硬く感じた。空気が硬く、水が硬い。硬い言葉、硬い表情。そんな硬さがイヤだったせいか、ぼくの言葉はクラゲのようになった。風邪をひいているあいだ、ぼくはぼんやりした頭でこう思った。やわらかいのが良いな、と。やわらかなものに、ゆるやかに包まれていたいな、と。開高健によれば、ルイ11世の言葉にこういうのがあるらしい。
飲むのはつめたく
寝るのはやわらかく
垂れるのはあたたかく
立つのはかたく
とにかく、今日は気分がいい。
風邪をひく前と比べ、5歳くらい若返ったような気がする。

熱のある日

今日のぼくはいつもと違っていた。
熱があるせいだとおもった。
めまいがするし、少し、吐き気もする。
それに、指の先が、電気を帯びたようにピリピリする。
これはもしかすると、スプーンが曲がるかもしれない、と思い、椅子に座って、スプーンの首をしばらくこすってみた。
しかし、何も起きなかった。

雨の午後かぜをひいているぼく

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風邪をひいたようだ。手のひらがほてっている。そうして
ぼくの時計は次第にゆっくりまわり始め、どんどん遅れていく。
1秒が1.2秒になって、やがて1.6秒くらいになる。
そういう世界では、人の声も、トンネルを歩いているゾウのオナラのように響く。
ゾウさん、もう少し小さな声で、そしてゆっくりしゃべってくださいよ。と、ぼくはテレパシーで文句を言う。通じないけど。
窓の外は雨
いつもと違ってきこえる、雨の音。
何か、ぼくに話しかけているように聞こえるのだけど。
「わたしのこと、いつになったら思い出してくれるの」
そういって、ぼくを責めている。