留守番電話
某珈琲店の定休日は月曜日であって、火曜日に休むことはまずない。しかし、ちょうど一週間前の今日、某珈琲店は休みだった。店の入り口には休みを告げる貼紙を、電話にはメッセージを録音し、留守番電話のスイッチをONにして店を後にした。つもりだったが、留守番電話のスイッチを入れ忘れていた。そのメッセージの出来栄えは素晴らしく、自分で聞いてもウットリするほどであった。できることなら、多くの人にそのメッセージを聞いて欲しかったのだが・・・とても残念である。ちなみにそのモチーフは、あの、城達也のジェット・ストリームであった。

日替わり定食はコロッケだった

梅雨が明けるとバーベキューの季節だ。ぼくの住んでいる団地も週末の夜になると、どこからともなく、いいニオイが風にのって漂ってくる。そんなわけで、わが家もその日に備え、バーベキューのインフラを整えておくことにした。チェックシートを作り、足りないものをリストアップする。たとえば、木炭2ケース、金網2枚、ランタン用のオイル、ロケット花火、金魚すくいセット、といった具合。チェックを終えると例によって笠沙方面に走った。名目は食材の仕入れ。その前に漁港近くのいつもの店で昼食にした。ここの日替わり魚定食は安くてうまい。おまけに、ご飯のお代わりが自由。1杯でも2杯でも5杯でも10杯でも。

黒板のメニューを見ると、今日の日替わりは、なんと、コロッケ定食。ガーン! 笠沙まで来てコロッケを食うのは悲しすぎる。やはり魚じゃないと。というわけで、ちと予算オーバーだったが、安いほうの寿司定食をたのんだ。食事を終え、近くの港町のスーパーで食材を購入、クーラーボックスに氷詰めにしてトランクへ。

帰りに吹上浜でブラックモンブランを3本食べ、正円池で季節はずれのホテイアオイを眺めた。
シュールなTシャツ
along pineapple
なぜかラーメン
灯台
良い疲れ
今日から仕事。朝早く起きて仕事場に向かった。今日は店で販売している15種、すべてのコーヒー豆を焼かなくてはならない。家を出て曲がりくねった坂を下りながら気づいた。いつもとハンドルのキレが違う。どうしたことか車が気持ちよくスイスイ走る。でも車の調子が急に良くなったわけではない。車は何も変わっていない。そう、変わったのはこのぼく。旅のおかげで、ぼくの体にたまっていた何か悪いものが消えたらしい。三日間の旅に出て、いつもより体を使ったし、気も遣った。実際、足や腰が今も痛い。かなり疲れている。でも、それは良い疲れのようだ。かわりにぼくの中にたまっていた悪い疲れが出て行った。
お上りツアー最終日
暗い部屋に目覚ましが鳴った。デジタルは6:00を表示している。カーテンを開けてバルコニーに出ると、風上から青空が広がりはじめていた。持参した某珈琲店の珈琲をドリップし、それを飲んでホテルをチェックアウト、電車を乗り継いで東京駅に向かった。今日は憧れの「はとバス」に乗る日。朝食は丸の内ビル地下のスターバックスでとった。スーツの若い女性がコーヒーを飲みながらパソコンをたたいている。9時30分、はとバスは皇居に向けて走り出した。
バスを降りて10分くらい歩くと、観光ガイドブックで見たとおりの橋がそこにあった。
ガイドのお姉さんは、仕事とはいえ大変な博識ぶりで、彼女の話は思いのほか興味深く、また、ぼくの知らないことばかりだった。
浅草で昼食、仲見世で揚げ饅頭を購入。2時過ぎ、はとバスは最後の目的地、東京タワーに到着。
地上250mの特別展望台から今回二日間寝泊りしたホテルを見下ろす。その右手の広場に立っている巨大ロボットも肉眼で認めることができた。ここで自分用に土産を買った。それは、手のひらの東京タワー。(松任谷由実に同名の曲がある)
以上でお上りツアーは予定通り終了した。時間があったら、むかし住んでいたアパートを見に行くつもりだったが、時間が足りなかった。
お上りツアー2日目
起床6時。持参した某珈琲店の珈琲をドリップし、それを飲んでホテルを出た。駅はホテルの隣にある。ゆりかもめという無人電車に乗り、新橋で乗り換え、一路鎌倉へ。
北鎌倉駅で降りて、近い順にお寺をまわる。なかなか楽しい。年をとって、あの世が近づいてきたせいかもしれない。
お寺の金ぴかに飾られた仏像にはあまり興味が湧かなかったが、日がな外に座っている大仏さまは妙にフレンドリーで親しみが持てた。しかし、その後姿には男の寂しさが漂っていた。
いくつものお寺や神社をうろついているうちに、時計は4時をまわってしまった。
白玉ぜんざいが、とてもおいしかった。
江ノ電に乗って江ノ島に向かった。
ぼくが今回、もっとも行きたかったのはここだった。頂上の植物園はすっかり様変わりし、展望台を兼ねた新しい灯台が鎮座している。園内を回っていると、ところどころで懐かしい風景に出会い、古い記憶がよみがえった。
日が沈み、暗くなるまで展望台で海を眺めていた。なぜこの場所がこれほど懐かしく思えるのか、自分でもよくわからない。母をなくした年、親戚を訪ねて夏休みの期間、茅ヶ崎に滞在した。伯母に江ノ島に連れて行ってもらったとき、ぼくは海で遊びたいとわがままを言った。でもそれはかなえてもらえなかった。小学4年の夏だ。
日がとっぷり暮れた夜8時、バスに乗って江ノ島を後にした。
途中、大船で食事をとり、10時過ぎにホテルに帰ってきた。
写真はホテルの隣の某TV局。





























