今朝、ヨッパライ某が寝ぼけた顔で言った。
「夢を見たよ。宇宙へ飛んで行く夢。ロケットの窓からチカチカ星が見えてるの」
やれやれ、ずいぶん寝ぼけた夢だ。
ちなみに今朝ぼくが見た夢。
その夢は唐突に電話がかかってくるところから始まる。
「床屋代と電話料金30円がまだ支払われておりませんが」
さっきチェックアウトしたホテルからだった。
そんなはずはない。ぼくはその床屋に出向いて文句を言った。
「オレは1万円札を出し、君はお釣りをくれたじゃないか」
というと、
「ああ、そうでしたね」
といって床屋は笑った。そこで目が覚めた。

店の屋上のミズナ
ランゲルハンス島の春
ランゲルハンス島に春の風が吹き始めるころ、ぼくのアタマは決まってぼんやりしてくる。ランゲルハンス島の砂浜に開いた無数の穴から、数え切れないほどのシオマネキが這いだしてくるからだ。
海辺を歩く
日曜日の歌
メガネ
新しく作ったメガネを今日かけてみた。みちがえるほど世界が明るい。なんのことはない、今までかけてたメガネには色が入っていたのだ。先入観や感情にとらわれて人を見ることを、色メガネで見る、という。でも人は先入観なしで物を見ることはできない。知らないものを認めることは不可能なのだ。こんな歌がある。「おさなごの、しだいしだいに知恵づきて、仏に遠くなるぞ悲しき」おそらく、多くの人は勉学を積むことでモノが見えるようになると信じている。でも、その努力は目的とは裏腹に色メガネを濃くする方向に働くかもしれない。
ぼくの欲しいものはなんですか
そのむかしナマロクが流行ったころ、ぼくは大きな電池式の録音機を肩に下げて、波の音や、虫の声を録りにいっていた。自分で録音してきた自然の音をストックして、いつでも聞きたいときに聞く。ソファに深く座り、オーディオ装置の前で目をつむると、ひぐらしの鳴く山奥の風景や、夏の砂浜に寄せては返す波の様子が目の前に忽然と現れた。今思えば、とても優雅な趣味だった。その趣味も、10年前、ときおり家のそばに飛んできていたアカショウビンの声を録音したのを最後に、やめてしまった。今は何か・・・たとえば波の音を録音したい、という気持ちは立ち上がってこない。同じく鳥の声も。数年前から、また写真撮影に懲りだしたが、撮ってみて残念に思うのは、ずいぶんへたくそになってしまったこと。むかし撮った写真には、嫉妬を覚えるほど生々しいものが感じられる。たぶん、撮りたいという欲望が強かったのだろう。翻って今、ぼくが欲しいものはなんだろう。情けないことに、今それが分からない。それが見つかった時、いい写真が撮れるような気がするし、いい音が録れるような気がする。

エルカセットデンスケ
EL-D8
25Hz~22kHz ±3dB(Type-IIデュアド)
ワウ・フラッター 0.04%
332×100×298mm
5.8kg(乾電池含む)
バラの絵の箱
アの人
色っぽい男たち
昨夜はGattacaというSF映画を借りてきて見た。舞台は近未来。主要キャストはイーサン・ホーク 、ジュード・ロウ、ローレン・ディーン、ユマ・サーマン。切ない内容で、ぼく好みだったが、なによりこのキャストたちの雰囲気がよかった。清潔な色っぽさというか。とくにジュード・ロウ。ぼくがもっと若かったら、あのたたずまいを勉強しただろうな。今夜は、今からKnowingという映画を見ます。主演、ニコラスケイジ。この人も色っぽいよね、男から見ても。
街に出る気分
ずいぶん前の話だけど、ちょっといい服や靴、プレゼントの品などを買いに出かけるときは、余所行き顔というか、少し改まった気分で「街」に出かけたものだ。街、とは、天文館のこと。今日は休日。いつもならドライブに出かけるところだが、天気が悪かったので買い物に行くことにした。来月ちょっと旅行をするので、新しい服と靴、そしてメガネを買うつもり。行き先はイオン。ぼくの住む団地から車で15分のところにある。ぼくはめったに買い物に行かない。そこで今日は街に出かける際の、あの、ちょっとめかしこんだ気分を久しぶりに味わおうと思ったのだけど、なぜかサッパリそういう気分にならなかった。






