ぼくの階段

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階段の写真をよく撮る。たぶん、階段が好きなんだろう。
貝殻や石ころだったらポケットに入れて持ち帰られるけど、
階段は難しい。それで写真でがまんしているのだと思う。

ミルク色の空

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朝早く目が覚めたので、車に乗って南へ走った。
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南の道の駅で休憩。昇ってくる太陽の写真を撮った。撮った後で気がついたのだけど、朝日にススキは似合わない。
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大きな建造物がゴロゴロしている某施設に寄ってみた。
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いつもの植物園にも寄ってみた。花は少なかった。
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西へ行き、いつもの砂浜でしばらく遊んだ。
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某テーマパークにも寄ってみたが、風が吹いているだけだった。
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熱いコーヒーを飲もうと思って、いつもの海辺のレストランに行ったが留守だった。腐れかけたウッドデッキはなくなり、新しいデッキを作っているところだった。。

lunaticな土曜日

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今日はいつもと違っていた。朝起きた瞬間から変だった。何かが確かにおかしいのに、それが何なのかわからない。ぼくがぼくじゃないような感じがする。たっぷり寝たので、睡眠不足ではない。熱いコーヒーを飲んでも、まるでテンションが上がらない。風邪はひいてないし、理由がわからない。昼過ぎにいらした常連のお客さんにその旨を伝えると、ひとこと
「満月だからじゃないの?」
びっくりした。昨夜遅く、ぼくは雲に見え隠れする満月をずっと眺めていたのだ。
ぼくは感心した。やはりうちのお客さんは変わっている。

冬の足音

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冬が近づいてきた。いやな感じだ。
まず、この時期はギックリ腰に気をつけなくてはいけない。
ギックリ腰の予防には、8の字腰振り運動が効果的だ。
しかし、これにはいささか問題がある。つまり、
感傷的な気分のときには、それをする気になれない。
わかっていただけるだろうか。

夢のまた夢

昼過ぎ、某国営放送でタルコフスキーのサクリファイスをやってたので、録画して見た。ぼく的にはツボであったが、いっしょに見てたヨッパライ某は、つまらん、と言って、すぐに席を立った。たぶん、そのつまらなさが、ぼくにはたまらなく心地良いのだと思う。ちょっと前、他人の夢の中に忍び込んでいく映画があったが、そこでは、夢の中で見ている夢に潜入する様子が描かれていた。さて、ぼくたちのいるこの世界は果たして現実だろうか。夢じゃないのか。数年前になくなった動物行動学者の日高敏隆さんは、すべてはイリュージョンである、と言い切っていた。イリュージョンなしに世界は見えないのだと。ユクスキュルの環世界を知っている方ならうなずけるはなしだ。となると、ぼくたちは、夢の中で夢を見ているようなもの、といえるかもしれない。サクリファイスは現実と幻想をあえて分けてないようにみえる。すべて現実のようで、現実の中の夢のようで、すべて夢のようである。だからそこではベッドが宙に浮いても違和感がない。幻想、幻影とぼくたちの信じている日常的現実にどれくらい違いがあるのだろう。映画の最後で、それまで声が出なかった子供がこういう。「初めにことばありき。なぜなのパパ?」つまり、作者はこう言いたかったのだと思う。われわれは幻想の中で生きている。言葉だけが現実なのだよ、と。ちなみに精神科医、斉藤環さんは「幻想の対義語は言語です」と言っている。
 私たちは影でないものなど愛せるだろうか(ヘルダーリン)

立ち止まらせるもの

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ぼくの仮想的統計によれば、約75パーセントの女性は、ほとんど無意識的にケーキのショーケースの前で立ち止まり、中を窺う。それと同じ衝動で、ぼくは崩れた崖の前や、崩れかけた石積みの前で立ち止まり、佇む。

旅の極意は迷うことである。ぼくの言葉

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ぼくの車にはナビが付いてないし、地図も積んでない。そんなふうだから、山の中などでよく迷う。今日も迷った。やっと目的地の近くに着き、車をとめて歩き始めた。ヨッパライ某が、こっちだよ、と言って、ずんずん歩いていくので、ついて行くと、なんだか様子がおかしい。いつまでたっても着かない。たどり着いたのは崖で、そこで道は消えていた。写真は、そこから引き返してくるヨッパライ某。そして、そこからの帰り道、また迷った。

バッジになりました

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吾輩はネコである。なまえはチェルシー。
ふつーの人間の女の子と二人で暮らしてる
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その彼女が、このたびボクのバッジを作った。
それをツイッターで披露したら、またたく間に大評判。そういうわけで、今日は、それが欲しいという某珈琲店の店主に届けに行ったらしい。だからボクは、家で一人留守番

山を歩く人たち

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登山道を歩いていると、すれ違う人に挨拶をされる。ぼくも挨拶するが、なんだか恥ずかしい。照れる。しかし、やってくる相手が明らかに初心者で、同じように照れていることがわかると、ふっ、キミたち何を照れてるんだね、というベテランみたいな態度で挨拶する。