ぼくと月だけ

みんな寝ている。
ぼくは風の音と月が気になって寝られない。
ドアを開け、外に出て月を見ている。
起きているのは、月とぼく

機械とお話

ずいぶん昔、ぼくがまだ学生だったころの話。ある夜、となりの部屋から妹の怒鳴り声が聞こえてきた。「だめだめ、あー、ばか。もう」ぼくはびっくりした。こんな夜中にいったい誰と話しているんだろう。だれか泊まりに来ているのだろうか。翌日得た答えは意外なものだった。妹はその日テレビを買い、自分の部屋に置いたのだ。そしてその夜、イヤホンをしてサスペンスドラマを見ていたのである。彼女はドラマの主人公に忠告を与えていたのだった。さて、今度iPhoneに音声認識機能「Siri」の日本語版が備わるのだそうだ。ぼくは持ってないからどうでもいいが、いわく、「いつもと同じ自然な話し方でSiriに話しかけて、したいことを伝えましょう。Siriはあなたの言葉だけでなく、その意味も理解し、音声で返事もします」のだそうだ。ぼくはこのニュースを読んで、忘れていたあの時の情景が浮かんだのだった。

ヘッドライト

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あのころは楽しかったな。車を買うと、まずハンドルを取り替え、マフラーを交換してた。そのころヘッドランプはスタンレーのシールドビームだったけど、これをボッシュに換えると見違えるように明るくなった。夜のドライブが昼と同じくらい楽しくなって、夜な夜な友人たちとドライブしたものだ。時々ぼくは、このランプを取り外し、ぬるま湯と洗剤で中まできれいに洗い、反射板、ガラスレンズをピカピカに磨き上げてはそれをうっとり眺めていた。あのころは車との会話が楽しかった。いつかまたそういう時間が持てたら、いいな

花を買いに行く

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朝、外に出てみると生暖かい風が吹いていた。雲は低く垂れ込め、ぱらぱらと雨が降っている。こんな陰鬱な日に彼女をのせてドライブに出かけるのは自称フランス映画好きのB型男くらいのものだ。そんなわけでたまには庭の手入れでもしようと思い、雨にぬれながら枯れたアジサイやハギを地際で刈り取り、骨になったバジルを引っこ抜き、土だけが残った植木鉢を手当たり次第ひっくり返して空にした。枯れ木も山の賑わい、というが、枯れた植物であっても、ないよりはマシだったように見えた。少々さびしくなった庭を見て、草花を買いに行こう、という気分が湧いてきた。そうだ、ノースポールを買ってこよう。ぼくはこの真っ白な飾り気のない花が大好きなの。うふ

こんな朝、ふと見たくなった映画

朝、外に出ると霧雨が降っていた。景色がミルク色に淀んでいる。特にこれといった理由はないのに気分が沈み、何もかもがつまらないことのように思えてきた。こんな風景をどこかで見た。いや、それは風景ではなかった。あの映画。あの映画を流れ続ける通奏低音。そうだ、帰ったらあの映画を見よう。ぼくは少し元気を取り戻した。というわけで、今までそれを見ていました。エル・スール

憧れのチャブ台

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いつかぼく専用のちゃぶ台を買おうと思う。だが、それにはまず、ちゃぶ台の似合う男にならなければならない。ちゃぶ台の似合う男とは、いつも眉間にシワを寄せ、笑い顔など想像もつかない。たとえばゴルゴ13みたいなハードボイルドタッチのどこか陰のある暗い過去を引きずったような顔。そういう男が黙々と、たくあんやメザシをかじりながら冷えた飯をかき込み、最後に茶を注ぐ。本物のちゃぶ台は、そういう条件を完全に満たす男を要求するのである。

ボッケモン世界を行く

ローカルニュースのヘッドラインに「尾辻秀久参議院議員が…」という文字列を見たとき、ふいにこの人の本が書棚にあったことを思い出した。「ボッケモン世界を行く」1971年の本。ずいぶんむかし、この本を読んで感動したのをよく覚えている。車で世界を一周をする、痛快な冒険エッセイ。ネットで調べてみると、Amazonの古書で9,980円で売られていた。ちなみに発売価格は600円。

車はニッサングロリアだそうです。

まんじゅうは熱かった

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少し遠いが、天気が良かったので北のほうにある梅園にまんじゅうと梅干を買いに出かけた。満開のつもりでやってきたのに梅はまるで咲いておらず、来ていた多くの花見客もがっかりしていた。しかし、まんじゅう屋の後ろの赤い梅だけは満開だった。まんじゅうの熱のせいかもしれない。
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まんじゅう1個ひゃく円。その昔、ぼくはこれと似たようなまんじゅうを15円で買っていた。100円が紙幣だったころの話だ。
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ふくらんだつぼみの下で弁当を広げている人たち。

The Neverending Story

屋上に出てベンチに座り、いつものように夜空を仰ぐ。オリオンは西に傾き、星空のステージから降りようとしている。BGMはバッハのBWV639。果てしない宇宙には重厚なパイプオルガンの音色がふさわしいのだが、屋上に置いてないので、かわりにぼくが口笛を吹く。北斗七星の横を尾を曳いて星が流れる。あれだけ強く輝きながら、まったく無音。ジェット機はあれよりずっと小さいくせに唸りながら飛ぶ。ぼくの物語にはバッハが流れ、不意に流星が飛ぶ。そしてぼくはときどきつぶやく。ぼくの物語はこんなふうに続く。