流星

140521_01 屋根の上に寝転がって友人と星を眺めた。学生時代の話だ。いくら話しても話は尽きない。夜は更けていく。あ、流れ星。ぼくが叫ぶ。え、どこ? 友人は急いで夜空を見回す。でも、とっくに消えて跡形もない。あ、とぼくが叫ぶ。流れ星だ。友人はあわててあちこちに目をやる。なにもない。視力は彼のほうが良いのに。数年前、彼が鹿児島に帰ってきたとき懐かしそうに言った。今でもよく思い出すよ、屋根の上に布団を敷いて二人で星を眺めたよな。そこでぼくはあの時のことを思い出して言った。ところでお前、流れ星を見たことあるのか、と。いや、まだない、と彼は苦笑いした。

写真は今朝の太陽。たぶん彼はこんな太陽も見たことがないのだろう。視力が良くても見えない人には見えない

夏が始まりはじめた

140520_02 お隣の県からスイカが届いた。昨年より4日早かった。まだ肌寒くて食べようという気にならない。調べてみると昨年は6月2日に食べている。今年はいつになるだろう。スイカには冷蔵庫でしばらく眠ってもらうことにした。

エビを食べて砂を見た

140519_06 朝起きると雷が鳴っていた。ほかの曜日はどうでもかまわないが、月曜だけはまじめに晴れて欲しい。そういうわけで車はいつものように山をひとつ越えて左に曲がった。140519_01漁港近くのいつもの店で昼食にした。今日は派手に奮発してタカエビ定食にした。これでしばらくは安い昼食が続くことになる。でも幸せとはそういうものなんじゃないかと最近思う。140519_02 丘に登って海を見た。青春時代、よく海に行った。浜辺をぶらぶらし、ただ海を眺めた。海を見るのはその当時タダだったから。そして今もタダである。140519_03 砂でなにか作ってあるというので砂の祭典というのに初めて行ってみた。連休の間は1000円だったらしいが、今は500円。140519_04 なんとなく気に入った作品140519_07 太陽がおっぱい。正しい作品名は忘れた140519_05この作品は外国人が作ったらしい。140519_08

14歳の出会い

村上春樹さんの、女のいない男たち、を読み終わってふと思った。自分の影を意識したのはいつだっただろう、と。この短編集に出てくる女性たちは、相手の女性に映し出された、主人公自身の中に棲む永遠の女性たちだ。物語はそれを強調するように描かれている。男に生まれた春樹さんがたぶんそうであるように、同族のぼくも、女性の、つかみようのない、あの人間離れした実体のなさに頭を悩ませている。つかみようがなくて当然なのだ。彼女たちは自分の中にある幻なのだから。(ユングの意見に従うなら)男たちは早めに作戦を変更する必要があるのだと思う。

海の底

140512_08 雨の中、バラの匂いの中を歩いているとき140512_03 ユーミンの、ずっとそばにという曲が、あたまの中でリフレインしはじめた140512_01 ゆれる海に潜るような、何も聞こえない一人ぼっちのとき140512_07 そういうわけで、ぼくはひとり海の底を歩いた140512_06海の底では不思議な言語で考えることができる140512_02時間の海を漂っている小さな宝物たち140512_04それは目の前に現れ、ぼくを驚かすと、たちまち遠ざかって見えなくなる140512_05

スイッチオン

140511_01 やってきました、あの季節が。と、ゆーわけで、ドキドキしながらリモコンのスイッチをオン。なんでドキドキなのか、とゆーと、15年も使っているので、スイッチを入れてもシーンとしてるんじゃないかと心配しているわけです。でも、ちゃんと動いて冷たい風が出てきましたがよ。あーよかった。と、ゆーわけで、いつもの一句をば。

クーラー入れて夏がクラー