because

朝起きて空を見ると、なにも言いたくないくらい晴れていた。こんな日はどこかでスパゲティーでも食べて、草原に寝転がってコーヒーを飲みながら日向ぼっこをするのがよさそうだと思ったが、念のため、ヨッパライ某に何が食べたいか聞いてみたところ、魚が食べたい、とのことだった

魚がうまいところ。今日頭に浮かんだのは、変な顔の犬がいる海が見えるあの店だった。ここの魚定食は、見た目はぱっとしないのだけど、味はバツグン。メニューに、期間限定ウニ丼定食、というのがあってちょっと悩んだのだけど、2500円もしたので、いつものように日替わり定食にした。1080円。とてもおいしかったです。

運転しながら、映画、ベンジャミン・バトン 数奇な人生、の主人公のことを考えていた。彼は何かを求めて旅を続ける。物でも、成功でも、安住でも、名誉でもない。彼にとって、かけがえのない何か。それを求め続けることで、彼は彼になっていく。ぼくも何かを求めて旅を続けている。人生は旅そのもの

イチゴの誘惑

お菓子担当のN君がケーキを持ってやってきた

ぼくがいただいたのはこれ。とてもおいしかったです

お菓子担当が貼り付けていったポスター。もうこんな季節なんですね。一年って、あっという間

根本的ディレンマな日々

「伝えたいことを伝えることができない」という問題は悲劇的だ。その悲劇の主人公、つまり、ぼくの場合、その、伝えたいことの構造に問題があることが最近読んだ本によって分かったのである。かも。以下抜粋

知識の探求に明け暮れたその生涯の終局に、ファウストが「われわれは何も知りえないのだということが、私には分かった」と言うとき、それこそ結論なのである。しかし、それは、この命題を入学したばかりの学生が自分の怠惰を正当化するために使う場合とは、まったく別の事柄である。この命題は、結論としては真理であるが、前提としては自己欺瞞である。
この点に関して教育の問題は、根本的ディレンマを持っているのではないでしょうか。つまり、みずからの深い実存的「経験」にもとづいてはじめて定義できる事柄を、教育者は、未経験な次の世代に、あらかじめ「結論」として教える立場にある。
すなわち、ある認識は、その中でこの認識が獲得された実存から切り離されることはできない。のです。

ダンスダンスダンス

天気が良かったのでドライブを兼ねて山の上の美術館に行ってみた。

まだ見たことのないモノ・コトを世の中に発表していく「Rhizomatiks Research」とかいう、なんだか難しそうなのをやっていた。

ヘッドホンをかぶり、不思議な音楽を聴きながら光の航跡をたどる。ヨッパライ某は、E.T.みたいだったね、と言った。ぼくも同じことを思ったので、これこそE.T.だと思った

これが一番おもしろかった。三方の壁と床に投影されたCGの女の子たちが空間を踊りまくる。できたらお酒を飲んで、ちょっと酔って、一緒に踊りたい。かも

ウルトラマンは空を見つめ、M78星雲に飛び立とうとしていた

昼食はいつものように東洋のナイアガラまで走り、茶屋でナイアガラ定食にした。ここの鯉こくはとてもおいしいです。

ソフトクリームを食べているおばさんがいた。ぼくは食べる気になれなかった。なぜかここではソフトクリームのスイッチが入らない

発電所は半分沈んでいた

愛のおのずから起るときまでは、ことさらに呼び起すことも、さますこともしないように

雅歌 3:5

机の灯台

メルカリで手に入れた灯台のオブジェ。高さ7~8cm。送料込み900円

樹脂製だと思ってたら陶器でした。樹脂なら投光器の部分にLEDを仕込み、点滅させようと目論んでいたのでしたが。

 

砂の上の足跡

ディーラーで車の点検整備を待つ間、近くの海まで散歩に出かけた。これはむかし堤防で使っていた灯台だそう。わが家にも一つ欲しい。もちろん夜になったら点灯させます。船や飛行機がぶつからないようにね

ヨッパライ某がカレーを食べたいというので、海が臨める眺望のいい洋食店で昼食にするつもりだったのだけど、行ってみたら休み。そんな日もある。いつものように海の近くの店まで走り、ヨッパライ某は海鮮丼、ぼくは魚フライを注文

海辺をぶらぶら。真冬だけど春みたい。早く夏が来ないかな

太陽は一人ぼっち、なんてフレーズが頭に浮かぶのは。ぼくも一人ぼっち、って感じるとき。悩むことはない。みんなひとりぼっち

ここはどこでしょう

たぶん宇宙人の足跡

夕食はギョーザ

ヨッパライ某が「999円以下で最も旨いワイン金賞受賞」というのを買ってきた。おいしかったです