窓の外も暗くなってきた。まもなく閉店時間。
ぼくはカウンターのカップルと話している。
丸テーブルでコーヒーを飲んでいる若いカップルのおしゃべりが時々聞こえてくる。
二人の使う言語は日本語ではなく英語でもない。
時々起こる笑い声。
二人はスペイン語で話している。
さっぱりわからない。
ハイライト
今日は父の日だった。
無条件に何かもらえる日というのは、ただ、うれしい。
ぼくが小さかった頃、父に何をあげていただろう。
今は吸わないが、そのころ父はタバコを吸っていた。
ハイライトをプレゼントした記憶がある。
ぼくはタバコを吸わないので分からないが、今でもあるのだろうか、ハイライト。
おしゃべりな午後
きょうは土曜日。
Aさんをはじめ、ユニークなお客様が集合してしまった。
各々、好き勝手なことをしゃべるので、混乱するかと思うとそうならない。
不思議と疎通がはかられてて、初めてのお客様でも孤立することがない。
歯に衣着せぬ乱暴な物言いに見えるが、だれも傷つかないように見える。
子供同士の会話に似せた大人の会話だ。
疲れたが、楽しい午後だった。
ホテル カリフォルニア
梅雨に入っているのだけど、外は明るい。今日は天気がいいようだ。
お店のガラス窓はとても広いのだけど、開けることができない。
一日中、お店に籠もって、珈琲を淹れたり本を読んだり。
もちろん、お客様の相手もする。
無性に青空が恋しくなって、用もないのに外へ出る。
ここは自由なようで自由じゃない。
ホテル カリフォルニアへようこそ。
自慢
昼前、豆を焼き終わって珈琲を飲んでいるところにオヤジが顔を出した。夜、何度も目が覚めてよく眠れなかったという。最近よく口にするのが、何もすることがない、楽しみがない、である。笑いながら言うので深刻な感じはないが、実につまらなそうだ。珈琲カップを置き、「友達も次々に死んで、遊ぶ相手もいなくなった」と、つぶやく。
ぼくの幼いころの記憶にはオヤジの友達がたくさん登場する。ぼくは男より女性と遊ぶほうが好きだったが、オヤジは男友達とよく遊んでいた。その友達が、ここ数年のうちに次々と死んでいった。そういう年齢なのだ。
「でも、Iさんは元気だぞ。まだまだすることがいっぱいあるみたいで忙しそうだ」
と、ぼくがいうと、オヤジの顔はにわかに明るくなった。
「俺が1番で、あいつは2番だったんだ…写真があるけど、見るか?」と自慢げに言った。何が1番なのか。学業成績ではないことは確かで「俺は裏口入学だったんだ」といつも得意になって話していた。
じゃあ見せて、と言うと、足取りも軽く店を出て行った。
電話の向こうはどんな顔
豆を焼き終わってホッとしているところに電話が鳴った。
「お忙しいところ大変申し訳ありません…」若い女性の声。
「株式会社○○と申します…」
時々電話してくるサラ金会社であった。
ぼくが金に困っているのをどこで知ったか、定期的にかけてくる。
いつもは軽薄そうな男がなれなれしく話しかけてくるのだが、今日は違った。
テレビで見た覚えがあるのだが、頭にヘッドセットをかぶり、愛想良く話しかける、あのカワイイ声だった。
ぼくは一瞬たじろぎ、
「いまはお金がたくさんあるので、いるときはお願いします」
なんて言ってしまった。
フールオンザヒル
今日は月曜日。お店は休み。
少し前の天気予報によると、今日は雨が降るらしい。
しかし、朝から思い切り晴れている。雲ひとつない。
ドライブ日和であったが、懸案の庭の草を刈り取る作業をすることにした。
草刈機に、先日ナフコで買ってきたワイヤーブレードをセット。
近所迷惑な派手な爆音を撒き散らしながら作業を続ける。
ぼくはよく思う。近所の住人たちは、ぼくらのことをどう思っているのだろう。
1、変人
2、危険人物
3、バカ
退化論
ざる
一週間のうちでどの曜日が一番ヒマか、と問うなら
その答えは用意がある。
金曜日。
なぜだかわからない。というより、わかる気がない。
昨日は金曜日。やはりヒマだった。
そう思ってるのに、レジを締めてみると売上がけっこうある。
ぼくの記憶を元に計算すると、今日の売上はこの半分のはず。
不思議だ。
記憶されなかった作業時間があるとしか思えない。
ぼくをすり抜けていく記憶がある。
ザルになりつつあるぼくの記憶システム。
わかりやすく言うとボケが始まっている。
入梅
夕方になって、雨が降り出した。
ずいぶん遅れたけど、梅雨に入りそう。
この季節、ぼくの住む皇徳寺では雨蛙が鳴き始める。
皇徳寺は山の上だ。
どこで産卵するのか分からないが、わが家の庭にも毎年姿を見せる。
ぼくは蛙は嫌いじゃないが、わが家には大の蛙嫌いがいる。
雨蛙はきれいな色をしている。
アジサイの花によく似合う。
観賞用として飼ってもいいくらいだ。とぼくは思うのだけど。