今になってしみじみわかる。サンテグジュペリのあの言葉、サンテグジュペリの悩みの深さが。
あの言葉、7年前このブログに書いた。軽々しく。えらそうに。
あのときはよくわかっていなかった。
今はよくわかる。とくに、お酒を飲みたくなる夜に。
「愛するということは、お互いに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向を見ることだと。」
昼前の空
クリスマスケーキ
静養中
朝、目覚めて時計を見ると10時半。やれやれ、ずいぶん寝たもんだ。ここ一週間、胸が痛くて熟睡できなかったせいだ
休日なのに遠出をしようという気分にならないのは、胸の痛みが予想外に長引いているからだろう。体が静養を欲しているのだ。昼ごはんは近場でとろうと思い、山の向こうのソバ屋に行った
ソバ屋の帰り、峠で車を止め、ヨッパライ某に運転を代わった。車を降り、県道から旧道に分け入り、歩いて帰ることにした。おなかが膨れたせいか、すこし元気が戻ってきた
ここは旧伊作街道。今は人や車の往来はまったくと言っていいほどない。だれもいない静かな道を歩くのは気分がいい。聞こえるのは併走する沢のせせらぎと鳥の声だけ。ただ、踵から突き上げてくる振動が時折胸の痛みを呼び起こすのは残念。でも、上手に歩けば痛みは気にならないほどだ
ゆっくり歩いたので、家に帰りつくのに2時間ちょっとかかった
回転系
まいどおなじみの
ぼくの体は全自動なのです
肋骨がポキン、となって、明日で一週間。
まだ寝返りは打てない。
痛くて必ず夜中に目が覚める。
それにしても不思議だ。
何もしてないのに、肋骨は元通り治っていく。
全自動。すごいね
あの雨音
昨夜は雨の音を聞いていた。井戸の底で聞いているように、いつもと違って聞こえた。
今、風の音が聞こえる。いつもと違って聞こえる。それは声のように聞こえる。
ぼくの井戸はまた使えるようになった
スケールの大きい夢
胸の痛みのせいで寝返りができない。そのせいだと思うのだけど変な夢を見た。体を細い紐でぐるぐる巻きにされて動けない夢。そういえば子どもの頃は、熱を出したりすると、てきめん、恐ろしい夢を見た。そのいくつかは、いまでもありありと思い出すことができる。その中でも特にすごいのは、山が動いて襲ってくる夢。あれは怖かったな。以来、あれほどスケールの大きい夢は見たことがない、と思う