ギーガーのカップ

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今日で連休も終わり。降り続いた雨もやっと上がり、朝から青空が広がっている。コーヒーをポットに詰め、ぼくは山を越え田畑を抜けて南西の海へと走った。目指すは海に面した小さなレストラン。去年の秋以来、何度行っても閉まっている。今日はどうだろう。070507_02海沿いの道路から店を見下ろすと、駐車場に車が数台止まっている。店のドアも開きっぱなしだ。開いてるように見えるが… 開いていた。しかも、お客さんがいた。ぼくは店内を通り抜け、いつものように屋外デッキに出ると、テーブルとイスを海側に引きずり寄せて海に向かって腰掛けた。しばらくしてメニューを持ったおっちゃんが現れた。
「連休中は、さっぱりだった」
おっちゃんは開口一番、悲しそうにつぶやいた。
「ずっと雨だったからね」
ぼくはそういってコーヒーを頼んだ。
海を見ながらコーヒーを飲み、ぼんやりしていた。海からずっと風が吹いていた。ぼくはこういう時間がとてもいいもののように思う。
帰りがけ、出口近くの棚に変なコーヒーカップを見つけた。
「これ、売り物?」ぼくは聞いた。
するとおっちゃんは
「買うの?」といった。
「いくら?」ぼくはきいた。
「ほんとうは2000円だけど1500円でいいよ」
ぼくは買うことにした。H・R・ギーガーがデザインしたエイリアンの卵みたい。ちょっと気持ち悪いけど、こういうデザインって好き。
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春爛漫

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起床8:00。今日は休みなのだが、9時に歯医者の予約を入れたので早めに起きた。昨夜キムチを食べたので、歯を磨いてリンゴを2分の1食べ、近所の歯医者に出かけた。リンゴを食べるとニンニクの匂いは消えるらしい。早く着きすぎたので待たされることになった。書棚には婦人雑誌とマンガしかなかった。ぼくはマンガは読まないのだが、婦人雑誌よりはマシだと思って適当なマンガをつかんで読み始めたらけっこうおもしろかった。070409_04マスターキートンというマンガで、次回も引き続きこれを読もうと思う。名前を呼ばれ、一番奥のシートに案内された。キュートなお姉さんがていねいに歯石を取ってくれた。終了後、「いたくなかったですか?」と、ピンクのホッペのお姉さんはニッコリ微笑んだ。ぼくは「ぜんぜん痛くなかったです」と笑った。本当は少し痛かった。時計は9:57を指していた。車は海沿いの道路を南に向かった。山の麓にある貸切温泉に到着したのが11時。今日は響の湯を選んでみた。ここしばらく寒かったせいで、持病の腰痛がひどくなっている。ぼくはいつもより時間を30分延長した。柔らかな日差し、鳥の声。ぼんやり外湯に浸かっていると、時間の感覚が遠のいていく。温泉を後にし、池田湖畔の静かな公園でコーヒーを飲んだ。070409_03散っているだろうと思っていた桜は、うれしいことに満開だった。遠くでウグイスがしきりに鳴いている。メジロが次々に飛来し、桜の蜜を吸う。メジロが枝を渡り移るたびに、花びらがはらはらと舞う。湖面に映る開聞岳が美しい。花鳥風月。今日、ぼくもその風景の一部だった。腹が減ったので、町営ソーメン流しで昼食。ここのソーメンはあいかわらずウマい。このダシがすこぶる美味しいので、ペットボトルに入れて持ち帰る人もケッコウいるという。満腹になったところで、いつものようにフラワーパークに寄り、咲き誇る花を見て回った。めずらしいサルビアが植えてあった。070409_02売店でバジルを4株買った。1株80円。スパゲティーが好きなので、バジルがないと生きていけない。

北に走ることもある

昨日は定休日。予定では、笠沙の海辺にある某レストランか、開聞岳麓の唐船峡そうめん流しに行くつもりだった。最初の信号にさしかかって、どちらに行くか迷っているとき、ふと、前日にいらしたお客様との会話を思い出した。ひとりは佐多岬を周遊する特殊な船に乗って海中を眺めたといい、もうひとりは、阿久根の長島でグラスボトムボートに乗り、ガラス越しにイルカと挨拶を交わしたという。イルカとコンニチハ…。しゃれてる。佐多岬は遠いが、長島だったら2時間ちょっとで行ける。ぼくは左折ウインカーを戻し、車を直進させた。入来峠を越え、出水経由で阿久根に入った。窓は全開。春の匂いが気持ちいい。黒の瀬戸大橋を渡り、右折。まずは、視界の開けた場所でコーヒーを飲むことにした。行人岳に到着。なぜか人が多い。年配のオッサンたちが、駐車場の北側の柵に沿って横一列にカメラを並べ、異様な緊張感を醸し出している。いったい何事であろうか。カメラの砲列は北の空をじっと見据えたまま、一触即発の様相を呈している。恐る恐る近寄って見ると、どのカメラにも、ん十万円はする立派な望遠レンズが取り付けられている。そう、このオッサンたちは、UFOが表れるのを今や遅しと待ちわびているのだった。世の中にはいろんな人がいるものである。感心しながらトイレに向かうと、壁に次のような貼り紙がしてあった。
「ツルの北帰行をお待ちの皆さんへ。ほとんどの場合、ツルは午前中に旅立ちます、午後に帰ることはあまりありません」
コーヒーを飲み、一息ついたところで、山を下り、イルカウォッチングをやっていそうな方に車を走らせた。小さな島だから、適当に走っていれば、イルカウォッチング屋に着くだろう、と、軽い気持ちで車を走らせていたが、すぐに迷ってしまった。それらしいところになかなか辿り着かない。どこかで食事をし、そこで聞いてみようということになった。道の駅があったので、そこのレストランで、海鮮丼とあら炊き、そしてアラカブの味噌汁を食べた。時計を見ると、もう2時過ぎ。K銀行に用事があるので、道の駅の看板地図で探すと、ここからはけっこう遠い。しかもそこは先ほど迷って近くまで行ったところだった。戻るのもバカらしいので、阿久根の街のK銀行に行くことにした。というわけで、イルカウォッチングは次の機会に委ねることになったのである。

変わらない海

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ぼくは晴れた日のドライブが好きだから、休日の天気をネットの週間予報でマメにチェックしている。昨日は定休日。予報は二日前の時点で快晴を表明しており、ぼくは、こづかいをもらった子供のように素直に喜んでいた。しかし、前日の夕方になって予報は一転し、明るい太陽の絵柄に代わって、大きく開いた傘マークが躍り出た。ぼくは失望した。しかし、ただで与えられたものはいずれ取り去られる。子供なりのわきまえが、ぼくを静かなあきらめに誘った。ところが予報は再び翻る。当日の朝になって、予報は晴れのち一時雨を宣言。さすがにうんざりした。素直な少年の心はこうしてねじけ、やがて人間不信に陥っていく。のかもしれなかった。ぼくは、「もう天気なんか、どうでもいいや」的気分のまま車のキーをひねった。
三月を前に、日差しは思いのほか強い。確実に冬は終わった。そう思ったとたん、明るい車中に名状しがたい動物的予感と期待が渦を巻いてあふれかえった。ぼくは窓を半開きにして海岸線を走った。砂浜に立ち、何も考えず、ぼんやりと海を眺めていた。変わっていくぼくのなかの変わらない何かと海。

空の青

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天気が良かったので海に向かった。きょうは振替休日で全国的に休みだった。天気もいいし、きっと海もにぎわっているだろうと思ったのに、人は少なかった。波が引いたあと、濡れた砂に映った空の青がきれいだった。

瞳を閉じて

昨日は定休日。目覚めると9時だった。寒くてベッドから出られない。ベッドの中は温室のようにホンワカしている。ふとその時、かすかな女性の声がぼくを呼んだ。ような気がした。それはたぶん、南の海に面したフラワーパークの方角からだった。ような気がする。ぼくはベッドから這い出し、コーヒーをポットにつめ、音楽を準備し、車を南に走らせた。池田湖畔の静かな公園でコーヒーを飲みつつ、どこで昼食をとるか迷ったが、開聞山麓にある「花と香りの店」でAランチにすることにした。Aランチとはペルー風おじやとサラダとスープのセット。デザートはハイビスカスのシャーベットにした。ペルー風おじやに生のハーブを千切って入れると、気分はもう、すっかり春、なのだった。フラワーパークに着いて、まず図書館でパスポートの更新を済ませ、園内の南はしにある西洋庭園に向かった。裸足になって芝生に寝転がり、目を瞑るといろんな音が聞こえてくる。風のそよぎ、鳥の声、波の音。そして草花の匂い。目を瞑ると世界はずいぶん違ったものに感じる。ぼくは気づいた。ぼくはあまりに目に頼りすぎている。目に見えないものが目を瞑ることで見えてくる。簡単なことだった。ぼくは新鮮な感動を覚えた。花や木々の写真をたくさん撮るつもりで来たのに、カメラを構えようという気持ちは、もはや起きなかった。

流星

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空は晴れ渡り、風も穏やか。白い雲は微笑み、ぼくをいざなう。今日は定休日。熟睡の日が続いているので、体調は良好。ぼくが南に行かない理由はどこにもない。ぼくには南に向かって、どこまでも走る権利がある。だが、権利ばかり主張していけない。今日は高三の息子の三者面談があるのだった。はっきり言おう。ぼくは行きたくない。できることならサボりたい。しかし、権利ばかり主張するのは良くない。これはさっきも言った。三者面談は5時15分から。遠出をすれば、5時には帰って来れない。近場に行っておもしろいわけがない。ぼくはあきらめた。コーヒー片手にソファで本を読みはじめた。一昨日届いた「風の旅人」。せめて心だけでも遠出させよう。
 -中略- 
時は夕方。時計は4時半を指している。そろそろ三者面談に行かなくては。その時すでに、ぼくはある計画を思いついていた。しかし、そのためには三者面談を早々に片付けなくてはならない。三者面談を早く終わらせるコツは話を脱線させないこと。息子の担任は、ぼくの脱線を楽しみにしているフシがある。ぼくは素早く話の主導権を握り、まんまと脱線させず、早く終わらせたのだった。車は黄昏ゆく街を忍者のように走り抜け、進路を南に取った。Flower_03海沿いの道路を約一時間走ると、そこは指宿のはずれにある巨大植物園。そう、フラワーパーク。クリスマスまで大規模なイルミネーションをやっているのだ。レストランもこの期間、オーダーストップは8時30分。というわけで、まずはレストランで腹ごしらえ。いつもなら780円のスパゲティセットを頼むのだが、メニューのどこを見てもそれがない。1200円、1500円といった数字が並ぶ。当然だろう、この期間、ここにやってくるのは恋人同士がほとんど。580円だの780円だのを注文したのではムードも台無し。かも。Flower_01イルミネーションを堪能し、いい気分でフラワーパークを後にした。国道に出る途中、車を路肩に寄せ、外に出て空を見上げた。満天の星。開聞岳がシルエットになって、素晴らしい眺めだ。今夜も地球は星降る夜空を航行中。

冬の砂浜

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いろいろな件がほぼ落着し、熟睡できるようになった。ぐっすり眠ることは大切だ。睡眠が足りないと、動きが緩慢になり、心のキャパまで狭くなる。思いやりが足りなくなる。冬の海だ。灰色の空。砂浜を歩くと、なぜかうれしい気分になった。砂に半分埋まった流木をしばらく見つめていた。眠りが足りているせいか、安易に感情が流されない。強い風が巻き上がることもない。打ち寄せる波が、今日はいつもと違って見える。昨日のぼくにさよなら。毎日がぼくのお葬式。

防波堤にて

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ズボンを洗濯しようとしたら、尻の部分が破れかけていたので新しいズボンを買いにでかけた。試着したところ、すその補正は不要であった。一本3000円、二本で5000円だという。悩んだ末、同じズボンを二本買ってしまった。ズボンを買ったその足で、ぼくは南に向かった。1時間弱で指宿の某家族湯に到着。一人で家族湯を利用する人はいるだろうか。背中に唐獅子牡丹をペイントしてるわけでもなく。ぼくが家族湯を利用する理由はほかでもない、湯をぬるくすることができるから。ぼくは熱い風呂が嫌いだ。むかし、銭湯の湯が熱かったので、水をじゃんじゃん入れていたら、偏屈なオヤジにドえらく叱られた。それがトラウマになって、ぼくは銭湯に行かなくなってしまった。061204_01家族湯に一人きり。湯舟に浸かって空を見ると、ずいぶん高いところでトンビが輪を描いている。いい気分だった。ふいに、木塀を隔てた隣の湯から声がしはじめた。若い女性が二人入ってきた模様である。二人で盛んにしゃべっている。ぼくは塀の隙間から覗いてみたが、向こうは見えない仕掛けになっていた。ぼくは彼女等の声を聞き流しながら、ゆったりと湯舟でくつろいでいた。すると、女性二人の会話に突如、若い男の声が加わった。ぼくは仰天した。いったい隣は、どんな家族なんだろう。061204_02温泉を出て、池田湖を見下ろす静かな公園に車を走らせた。ポットに詰めてきた熱い珈琲を飲みながら、沈んでいく夕日を眺めていた。心に散らばってしまった様々な事柄が、一つ一つ所定の位置に納まっていく。ところで、今日の目的は、フラワーパークのイルミネーションを見ることなのだった。太陽が沈み、あたりが暗くなると、ぼくはまた車を走らせた。開聞岳の麓を走りぬけ、左カーブを曲がり、フラワーパークの入り口にさしかかった…と思ったら、門にロープが張ってある。なんと、閉館していた。イルミネーションは土日だけなのだろうか。ぼくは死ぬほどがっかりした。ぼくは最近、よく死ぬ。しかたなく、指宿休暇村の防波堤に座って、ぼんやり月を眺めていた。風が死ぬほど冷たかった。

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ポケットの砂

061113_01今日は日本晴れのはずだった。しかし、窓をあけ、眠い目をこすって見上げた空は、遠い山の向こうまで曇っていた。雲間から覗いた小さな青空が、申し訳なさそうだった。
「ふっ、いいってことよ。人生なんて、そんなもの」
今日は定休日。ぼくはドライブに出かけた。たいてい、はっきりとした目的無しに出かけるのだけど、きょうは、あの、東シナ海に面したレストランの様子が気になって出かけたのだった。前回行ったとき、店のドアは開いたままだったが、店の中はがらんとしてだれもいなかった。昼食をとって、亀ヶ丘の展望所から東シナ海を見下ろした。北から吹く風の中で、ポットの熱いコーヒーを飲んだ。風に吹かれていると、言葉にあらわせない不思議な感動がやってきた。それは大いなる者と深い意思の疎通がなされたような、畏れに似た喜ばしい気持ちだった。自分の卑小さに気づくことの安心とでもいおうか。例のレストランに行ってみると、ドアは、やはりわずかに開いたままだった。だれもいなかった。浜砂に座り、ぼんやりしていた。波の音。波の音。その単調な繰り返しは複雑な模様を織り成す機織。家に帰った夜、ポケットに手を突っこんだ時、思いがけず触れた砂の感触に、海を吹く風の音を聞いた。